【SS投稿中】殿下、私を解放していただきます。〜 妹を選んだ王太子に婚約破棄された有能令嬢の、その後の人生 〜

55. 縋りつくフルヴィオ

「……謁見の申し込みの際に、書簡にも記しておりましたが」

 反応の悪い陛下に苛立ちながら、私はもう一度最初から全て説明した。陛下はふん、ふん、と頷いて聞いていたが、私が話し終えると怯えたような顔で言った。

「つまり俺は、どうしたらいいんだ? ラヤド王国の王族となど、話をしたこともない。条約の締結については、大臣らに内容を吟味してもらえばいいわけだよな? 彼らは帝国語を話すのか? 俺はまだ完璧ではないのだが……。エリッサ、その懇親の場を設ける際には、君も同席してくれるのか?」

 そんな、離れていく母猫の後ろ姿を見つめる子猫のような目をされても困る。頼りない陛下の言葉にため息を押し殺しながら、私は答えた。

「……お許しいただけるのでしたら、もちろん。今回のラヤド王国からのお申し出は、我がセルウィン公爵家に対していただいたものですし、私たちが同席していれば、先方も話が早くて助かるかと」
「……ちょっと待ってくれ。その“私たち”というのは……?」
「ええ、夫と私のことでございます」

 私が当然そう答えると、フルヴィオ陛下の顔が引きつった。

「い……いやいや、別に公爵に同席してもらう必要はないのではないか? 君さえいてくれれば充分だろう。君ならどうせ、何でも分かるのだろうし」

(……何を言っているのかしら、この人)

「陛下、他国の王族の方々をお迎えするのに、当主は挨拶もせず妻の私だけが出席するわけにはまいりませんわ。夫と共に参加させていただきます」
「…………」

 陛下は眉尻を下げ、露骨に嫌な顔をした。……なぜそこまでクロード様を避けるのだろうか。そんなに怖い? 見た目の威圧感かしら。それとも、対等に話す知識が自分にないから?
 俯いたままモジモジしている陛下の態度にさらに苛立ちながらも、私は努めてポーカーフェイスを装った。

「……大変失礼であることは百も承知ですが、発言させていただきます。陛下、お察しのことと思いますが、現在このサリーヴ王国王家の信頼は失墜しております。地に落ちているのです。周辺諸国や同盟国からはないがしろにされはじめ、国内の貴族たちの不満はすでに頂点に達しています。もういつ何が起こってもおかしくございません」
「……っ!」

 陛下は真っ青な顔で私を見つめてくる。……だから、その縋りつくような目は止めてほしい。

「今回のラヤド王国との交流は、上手くいけば現状を打破するための大きな足がかりになるかもしれません。王家が懇親の場を取り仕切り、その後条件の良い新たな条約を締結できれば、貴族たちの両陛下を見る目も変わってくるでしょう。微力ながら夫と私が、そのお手伝いをさせていただきたく存じます。私たちはラヤド語にも精通しておりますので、同席していればいざという時にお役に立つやもしれません」
「っ! そ、そうか……! そうだな。これはチャンスだ。この外交が成功すれば、俺たちを見る周りの目も変わってくる……」

 陛下はさっきまでとは打って変わって目を輝かせながら、熱に浮かされるようにそう言った。

「大臣たちに相談し、急ぎ準備を整えよう。エリッサ、当日はどうか頼む。キャロルは何一つ当てにはならないのだから、どうか君が俺をサポートしてくれ」
「……それは、ええ。もちろん、尽力いたしますわ」

 そう答えながら、私は思った。人払いをしてある今がチャンスだ。この件もしっかり打ち合わせしたいところだが、キャロルのことも確認しておきたい。アルヴィン様の話を聞き、あの子の素行がどうも気になっていた。お腹の子は、間違いなく陛下の子なのだろうか。その不安が拭いきれない。まさかとは思うが、万が一そうでなかった場合……あの子も両親も無事では済まない。きっと私も……。

「……陛下、その、非常に申し上げにくいことなのですが……」

 私がどうにか遠回しに探りを入れようとした、その時だった。
 謁見室の外から、甲高いわめき声が聞こえてきた。

「……そこをどきなさいと言っているのよ! あんたたち、このあたしを誰だと思っているの!?」

 聞き間違うはずもないその声に、私はギョッとした。軟禁状態ではなかったの……?
 案の定、しばらくすると扉が乱暴に開き、目を吊り上げたキャロルが現れた。




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