【SS投稿中】殿下、私を解放していただきます。〜 妹を選んだ王太子に婚約破棄された有能令嬢の、その後の人生 〜
58. クロード様の嫉妬
セルウィン公爵邸に戻った日の夜。夫婦の寝室に入った後、謁見室で起こったことの全てを報告すると、黙って話を聞いていたクロード様は静かに私を抱きしめた。
「……八つ裂きにしてやりたい」
「……ク、クロード様? 今何と……」
「何でもない。……人目のある場所でなくて良かった。これが社交の場での出来事であれば、内々に済ませることなど俺には到底できなかった」
(……その場合、クロード様はどうしていたのかしら……)
それを想像すると少し怖い。私は彼のたくましい腕に体を預け、ホッと息をついた。
「ご心配ありがとうございます、クロード様。私のことはもう大丈夫ですわ。それよりも……、キャロルはこのような状態ですので、とてもまともな接待は期待できません」
「ああ。あの二人は全く当てにならん。当日までに入念な準備をしておかねば」
「ええ。その通りですわね」
国王夫妻が全く当てにならないなどお話にもならないのだが、今さらそれを言っても始まらない。私たちは私たちにできることをするしかない。
「あの、クロード様……」
どうしても気がかりで仕方なく、私はついにクロード様に、キャロルのアルヴィン様への執着心について打ち明けた。
「……では王妃陛下は、一人の男を自分の好きにするためだけに、その座を望んだと……? そしてその騎士は、王妃陛下の強引な手から逃れるために職を辞したと。そういうことなのか」
「あまりにも愚かしい話ですが、キャロルはそれほどまでに考えなしなのです。彼を何度も追い詰めてしまったようで。ですから……その……、こんなこと、想像するだけでも恐ろしいことなのですが、お腹の子についても、不安があります。まさかとは思いますが……そういう子ですから」
「……」
クロード様は黙り込み、しばらく考え込んでいた。
「……話してくれてありがとう、エリッサ。念のため、父にも報告しておこう」
「はい」
セルウィン前公爵に実妹の愚かさを知られるのは身が縮む思いだが、もうそんなことを言っている場合じゃない。
クロード様はしばらく何やら考え込んでから、再び口を開く。
「……その騎士、ランカスター伯爵令息には婚約者は?」
「まだ決まっていらっしゃらないようです。妹君のオリアナ嬢はベネット伯爵家のご嫡男と婚約していらっしゃいますが」
「……。王妃陛下がランカスターに恋慕の情を寄せていることと、彼女の君への当たりがきついことには、何か関係があるのか?」
(……鋭いな、クロード様……)
「そうですね。ランカスター伯爵令息から話を聞いて私も考えたのですが、無関係ではなさそうです。彼は、その……、学園でキャロルから何度も愛を打ち明けられるたびに、私のことを引き合いに出して彼女を拒んでいたと」
「君を引き合いにとは?」
「……彼が私を想っているから、キャロルの気持ちには応えられないと。ずっとそう言って拒絶していたようです」
「……」
「あの子にとっては、面白くなかったと思いますわ」
「……そうか」
何だか気まずい。決して自分の夫に過去のモテ自慢をしたいわけではない。話の流れで必要になったから言っただけで……。
などと、私は心の中で一人、意味のない言い訳をしていた。
(あんな優秀な方が王国騎士団を辞めてしまったのは、本当にもったいないことだわ。どうにかならないのかしら……。陛下に進言して、キャロルと一切関わりのない場所に配置してもらう、とか。でもそんなことを進言するとなると、理由を説明しなきゃいけなくなるか。そもそも、キャロルが王妃でいる限り、彼の方がもう王城には近付きたくないかもしれないわね……。本当に申し訳ないことになってしまった……)
そんなことを思い、また罪悪感で胸が痛んだ。
クロード様が静かに私に尋ねる。
「……君も想いを寄せていたのか、その男に」
「え? いえ、まさか。そのような特別な感情は、全く。……ですが、ランカスター伯爵令息様は本当に優秀な方でございました。騎士科での成績も素晴らしく、人柄も好ましいので同級生たちからとても慕われていました。彼は見目麗しくもあったので、友人たちの中にはひそかに想いを寄せている子もいましたのよ。それに……」
「エリッサ」
彼への負い目を感じながら、その素晴らしさについて語っていると、ふいにクロード様が私の名を強い口調で呼んだ。そして────
「……っ! ん……っ、」
彼は突然、私の後頭部に手を添え強引に引き寄せると、そのまま唇を重ねた。その仕草はいつもよりずっと性急で、私は混乱した。
とても驚いたけれど、されるがままに彼に身を委ねる。何度も角度を変え濃密な口づけを繰り返し、私の息が続かなくなりそうな頃、クロード様はようやく唇を離した。けれど、その手はいまだ私から離れない。
「……もういい。夫婦の寝室で、他の男をそんなに手放しで褒めるものじゃない」
「ク、クロード、さま……。ごめんなさい。私は、そんなつもりでは……」
不快な思いをさせてしまったのだと思い、私は慌てて謝罪し、言い訳をしようとした。けれど、クロード様は困ったように眉をひそめ、私の頬をそっと撫でる。
「謝らなくていい。……ただ……、君がそんなに他の男を褒めると、年甲斐もない幼稚な嫉妬心を抑えられなくなりそうだ」
(……え……)
「クロード様……」
意外なその言葉に、私はしばし呆気にとられた。このクロード様が。いつも冷静沈着で、誰よりも威厳のある落ち着いた人が。
私の同級生に、嫉妬するなんて……。
そんなことを思いながらジッと見つめていると、クロード様が気まずそうな顔をして視線を逸らす。
「……君に呆れられたくはない。すまない。どうかしていた。気にしないでくれ」
そう言って私の体から手を離し距離をとろうとするクロード様を、私は咄嗟に背後から手を回して引き止めた。
「……っ、エリッサ……」
心臓が大きく脈打っている。恥ずかしい。頬に熱が集まるのを意識しながら、私は勇気を出して言った。
「……わ、私が恋心を抱いたのは、あなた様だけですわ。……後にも先にも、あなた一人です」
「……」
クロード様は腰に回した私の両手を、その大きくて固い手で包みこんだ。私の頬のように、彼の手も熱い。
「……灯りを落とすぞ、エリッサ」
小さく掠れた声でそう言うと、クロード様は私の手を離し、ランプのそばへと行き寝室の灯りを小さくした。そして戻ってくると、有無を言わさず私の体を抱き上げ、ベッドへと連れて行った。
その夜のクロード様は、いつもより少し強引で、そしてとても情熱的だった。
「……八つ裂きにしてやりたい」
「……ク、クロード様? 今何と……」
「何でもない。……人目のある場所でなくて良かった。これが社交の場での出来事であれば、内々に済ませることなど俺には到底できなかった」
(……その場合、クロード様はどうしていたのかしら……)
それを想像すると少し怖い。私は彼のたくましい腕に体を預け、ホッと息をついた。
「ご心配ありがとうございます、クロード様。私のことはもう大丈夫ですわ。それよりも……、キャロルはこのような状態ですので、とてもまともな接待は期待できません」
「ああ。あの二人は全く当てにならん。当日までに入念な準備をしておかねば」
「ええ。その通りですわね」
国王夫妻が全く当てにならないなどお話にもならないのだが、今さらそれを言っても始まらない。私たちは私たちにできることをするしかない。
「あの、クロード様……」
どうしても気がかりで仕方なく、私はついにクロード様に、キャロルのアルヴィン様への執着心について打ち明けた。
「……では王妃陛下は、一人の男を自分の好きにするためだけに、その座を望んだと……? そしてその騎士は、王妃陛下の強引な手から逃れるために職を辞したと。そういうことなのか」
「あまりにも愚かしい話ですが、キャロルはそれほどまでに考えなしなのです。彼を何度も追い詰めてしまったようで。ですから……その……、こんなこと、想像するだけでも恐ろしいことなのですが、お腹の子についても、不安があります。まさかとは思いますが……そういう子ですから」
「……」
クロード様は黙り込み、しばらく考え込んでいた。
「……話してくれてありがとう、エリッサ。念のため、父にも報告しておこう」
「はい」
セルウィン前公爵に実妹の愚かさを知られるのは身が縮む思いだが、もうそんなことを言っている場合じゃない。
クロード様はしばらく何やら考え込んでから、再び口を開く。
「……その騎士、ランカスター伯爵令息には婚約者は?」
「まだ決まっていらっしゃらないようです。妹君のオリアナ嬢はベネット伯爵家のご嫡男と婚約していらっしゃいますが」
「……。王妃陛下がランカスターに恋慕の情を寄せていることと、彼女の君への当たりがきついことには、何か関係があるのか?」
(……鋭いな、クロード様……)
「そうですね。ランカスター伯爵令息から話を聞いて私も考えたのですが、無関係ではなさそうです。彼は、その……、学園でキャロルから何度も愛を打ち明けられるたびに、私のことを引き合いに出して彼女を拒んでいたと」
「君を引き合いにとは?」
「……彼が私を想っているから、キャロルの気持ちには応えられないと。ずっとそう言って拒絶していたようです」
「……」
「あの子にとっては、面白くなかったと思いますわ」
「……そうか」
何だか気まずい。決して自分の夫に過去のモテ自慢をしたいわけではない。話の流れで必要になったから言っただけで……。
などと、私は心の中で一人、意味のない言い訳をしていた。
(あんな優秀な方が王国騎士団を辞めてしまったのは、本当にもったいないことだわ。どうにかならないのかしら……。陛下に進言して、キャロルと一切関わりのない場所に配置してもらう、とか。でもそんなことを進言するとなると、理由を説明しなきゃいけなくなるか。そもそも、キャロルが王妃でいる限り、彼の方がもう王城には近付きたくないかもしれないわね……。本当に申し訳ないことになってしまった……)
そんなことを思い、また罪悪感で胸が痛んだ。
クロード様が静かに私に尋ねる。
「……君も想いを寄せていたのか、その男に」
「え? いえ、まさか。そのような特別な感情は、全く。……ですが、ランカスター伯爵令息様は本当に優秀な方でございました。騎士科での成績も素晴らしく、人柄も好ましいので同級生たちからとても慕われていました。彼は見目麗しくもあったので、友人たちの中にはひそかに想いを寄せている子もいましたのよ。それに……」
「エリッサ」
彼への負い目を感じながら、その素晴らしさについて語っていると、ふいにクロード様が私の名を強い口調で呼んだ。そして────
「……っ! ん……っ、」
彼は突然、私の後頭部に手を添え強引に引き寄せると、そのまま唇を重ねた。その仕草はいつもよりずっと性急で、私は混乱した。
とても驚いたけれど、されるがままに彼に身を委ねる。何度も角度を変え濃密な口づけを繰り返し、私の息が続かなくなりそうな頃、クロード様はようやく唇を離した。けれど、その手はいまだ私から離れない。
「……もういい。夫婦の寝室で、他の男をそんなに手放しで褒めるものじゃない」
「ク、クロード、さま……。ごめんなさい。私は、そんなつもりでは……」
不快な思いをさせてしまったのだと思い、私は慌てて謝罪し、言い訳をしようとした。けれど、クロード様は困ったように眉をひそめ、私の頬をそっと撫でる。
「謝らなくていい。……ただ……、君がそんなに他の男を褒めると、年甲斐もない幼稚な嫉妬心を抑えられなくなりそうだ」
(……え……)
「クロード様……」
意外なその言葉に、私はしばし呆気にとられた。このクロード様が。いつも冷静沈着で、誰よりも威厳のある落ち着いた人が。
私の同級生に、嫉妬するなんて……。
そんなことを思いながらジッと見つめていると、クロード様が気まずそうな顔をして視線を逸らす。
「……君に呆れられたくはない。すまない。どうかしていた。気にしないでくれ」
そう言って私の体から手を離し距離をとろうとするクロード様を、私は咄嗟に背後から手を回して引き止めた。
「……っ、エリッサ……」
心臓が大きく脈打っている。恥ずかしい。頬に熱が集まるのを意識しながら、私は勇気を出して言った。
「……わ、私が恋心を抱いたのは、あなた様だけですわ。……後にも先にも、あなた一人です」
「……」
クロード様は腰に回した私の両手を、その大きくて固い手で包みこんだ。私の頬のように、彼の手も熱い。
「……灯りを落とすぞ、エリッサ」
小さく掠れた声でそう言うと、クロード様は私の手を離し、ランプのそばへと行き寝室の灯りを小さくした。そして戻ってくると、有無を言わさず私の体を抱き上げ、ベッドへと連れて行った。
その夜のクロード様は、いつもより少し強引で、そしてとても情熱的だった。