【SS投稿中】殿下、私を解放していただきます。〜 妹を選んだ王太子に婚約破棄された有能令嬢の、その後の人生 〜

59. 晩餐会の準備

 その後ラヤド王国王家の方々を王城に招くことが正式に決まり、二ヶ月後に晩餐会が開かれることとなった。
 歓迎の意を示すためにと、我が国からは侯爵家以上の貴族家の当主夫妻がほぼ全員出席することとなり、想定していた以上の規模になった。
 私は陛下とキャロルのために、ラヤド王国の文化について分かりやすく資料をまとめていた。
 かの王国はラヤードゥ教という独自の信仰があり、これが最もネックになる。羊は神の使いとされており、王族をはじめ全ての国民が決して口にしない。また、銀色はラヤド王家に対する親愛と忠誠を示す色、濃紫は光と繁栄の証とされ、王家の主催する祭事に出席する者はそのどちらか、あるいは両方の色の入った衣装を身に着ける。
 反対に、赤は流れる血や戦争を彷彿とさせるとして敬遠されており、公の場ではもちろんのこと、普段から身に着けないのがラヤドの常識だ。また、女性は既婚未婚に関わらず肩や鎖骨の見えるドレスは着ない。そのような衣装はふしだらであるという考え方が根強くあるのだ。
 他にも挨拶時の姿勢や、してはいけない仕草などなど、周辺諸国に類を見ない細かい独自のしきたりがある。……これら全てを陛下とキャロルがしっかり頭に叩き込み、大切な晩餐の場を乗り切ってくれるのだろうか。考えただけで胃がキリキリする。
 資料を読み切る前にキャロルが飽きて放り出してしまったら困るので、私は絶対に間違えてはいけない大切な情報だけは最初の二枚の紙に全て記した。

「……大臣たちや宰相殿がよく王妃陛下の出席を許しましたね」

 まとめた資料に書き漏らしがないかを入念にチェックし、顔を上げた私の元に、紅茶を持ってきてくれたミハがそう言った。

「ええ……。最近のキャロルは以前にも増して癇癪がひどいでしょう? 無理矢理彼女の行動を制限しようとすると、本当にひどく暴れるらしいの。叫んだり、物を投げたり。一度、お腹を抱えて痛い痛いとのたうち回りはじめたと……」
「……なんと……。御子はご無事だったのですね?」
「そうみたいね。でも、その時キャロルのお腹は本当にひどく張って、固くなっていたそうよ。王城は大騒動になり、キャロルはその後しばらく安静にしていたみたい。それ以来周囲の者たちは皆、腫れ物に触るようにあの子に接しているらしいわ」
「さようでございますか……。万が一にも御子が流れてしまっては、ということですね」
「……ええ……。だから今回の晩餐会も、一応形上は出席させるしかないという結論に達したのではないかしら。でも開かれるのは、彼女の産み月よ。晩餐会の真っ只中に産気づきでもしたらと思うと……気が気じゃないわ」
「……いろいろな意味で、無事に終わることを祈るばかりでございます。それにしても、王妃陛下のあの取り乱しよう……。やはりランカスター伯爵令息が王城を去ったことが堪えていらっしゃるのでしょうか」
「……そうかもしれないわね……。陛下と民に己の全てを捧げる立場にありながら、本当に馬鹿らしい。これ以上自暴自棄になって妙な行動に走らなきゃいいんだけど……」

 そのまま何となく、私もミハも押し黙った。
 資料を完成させた私は、急いでそれを王城に届けさせたのだった。



 クロード様はセルウィン前公爵の別邸を幾度か訪問なさっていた。晩餐会には前公爵夫妻も出席なさるそうだ。苦手としているクロード様と前公爵を前に、初めてもてなす他国の王家のための晩餐会。フルヴィオ陛下が極度の緊張で何かやらかしはしないかと、また別の不安も押し寄せてくる。

「王妃陛下の例の件、父にも相談した」
「さようでございますか。……前公爵閣下は、何と?」

 私が問うと、クロード様は神妙な面持ちで言った。

「あの王妃陛下ならばどんな大それたことをしでかす可能性も否定できない、万が一に備え、出産は極秘の体制を整え臨むよう陛下に進言する、と。そう言っていた。事が事だけに、細心の注意を払うに越したことはないからな」
「それは……、本当に、愚かな実妹のせいでお手数をおかけしてしまいまして。お伝えいただきありがとうございます、クロード様。前公爵閣下にも、お会いした際には改めてお礼とお詫びを申し上げなくては……」

 私がそう言うと、クロード様が間髪容れずに答えた。

「君は関係ない。エリッサ、君はもうこのセルウィン公爵家の人間だ。向こうはこのサリーヴ王国の王妃。血は繋がっていても、もう他人だ」

 そう言った後、まるで暗示を与えるように繰り返した。

「君には何も、関係ない」

 



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