【SS投稿中】殿下、私を解放していただきます。〜 妹を選んだ王太子に婚約破棄された有能令嬢の、その後の人生 〜
60. 最初の過ち
そしていよいよ迎えた、ラヤド王国王家の方々を招いての晩餐会当日。私とクロード様は前日からセルウィン公爵家のタウンハウスで過ごし、当日は早朝から念入りに準備を整えた。
ドレスは淡い水色の生地で作っておいた。肩や鎖骨を透け感のほとんどない同系色のレースで完全に覆うデザインで、袖口や裾には銀糸の飾りが、そして胸元には濃紫の花の刺繍が施されている。どちらもラヤド王国で大切にされている色だ。女性の貞淑さや奥ゆかしさを好ましいとするラヤド王国の方々を決して不快にさせないよう配慮し、清楚な雰囲気を醸し出せるよう自前のストレートヘアをそのまま下ろし、耳元だけ後ろにまとめたハーフアップスタイルにした。まとめた部分は銀色のリボンで結んである。
そして夕刻。クロード様が私を部屋に呼びに来た。
「そろそろ出よう、エリッサ」
「はい、クロード様。……素敵ですわ、とても」
頭から足元まで抜かりなく装ったクロード様の姿に、思わず顔が綻ぶ。
クロード様はグレーを基調とした衣装で、ボタンなどの装飾は銀色、そして胸元には私のドレスと同じように濃紫の刺繍が施されている。
「ありがとう。君が見立ててくれたものだからな。……君も相変わらず美しい。今日の衣装も、よく似合っている」
「あ、ありがとうございます……」
優しい眼差しでジッと見つめられ少し照れながら、私は差し出されたクロード様の腕にそっと自分の手を添えた。
◇ ◇ ◇
馬車が王城に到着し外に出ると、そこにはすでに何組もの高位貴族たちが集まっていた。皆ゾロゾロと大広間を目指している。久しぶりに両親とも対面した。
「公爵閣下、ご機嫌麗しゅう。……元気そうね、エリッサ」
「ええ、お母様。ご無沙汰しています」
母とは一言交わしたが、父は私にはほとんど目もくれず、クロード様に恭しく挨拶をすると、母を連れて広間の方に向かった。二人の後ろ姿を恨みがましく見つめながら、内心思った。あなたたちが甘やかしすぎたせいでキャロルがとんでもないことになっているのよ。こっちの気苦労も知らないで平然とした顔しちゃって。腹が立つ。そもそもフルヴィオ陛下とキャロルが結婚するなどと言い出す前に、この二人が断固として陛下に近付くキャロルを止めていれば。あの子を叱責し、身の程をしっかりと分からせていれば、こんなことには……。アルヴィン様だって……。
(……でもそのおかげで、私はクロード様と一緒になれたわけで。複雑だわ……)
そんなことを思っていると、セルウィン前公爵ご夫妻がお見えになった。車椅子に座った前公爵を付き人が押し、レミラ様はその横に寄り添っている。私はすぐさま彼らの元へと向かう。
「お義父様、レミラ様、ごきげんよう。お義父様、このたびは彼女の件で、お手数をおかけいたしました」
人目を気にしてキャロルの名を伏せそう言うと、前公爵は小さく頷き言った。
「あなたが気にすることじゃない。あなたとは無関係だ」
(……クロード様と同じようなことを仰る)
実の妹であることには変わりないのだから、無関係だ気にしなくていいと言われても、そう割り切ることができない。そんな私に、レミラ様はニコニコと声をかけてくださった。
「今夜も綺麗ね、エリッサさん」
「ありがとうございます。レミラ様こそ……、濃紫のドレスがよくお似合いです」
そうして集まった貴族たちと何度か挨拶を交わしながら、私たちも広間へと向かった。国交のさほどない国とはいえ、皆さすがにラヤド王国については熟知しているようで、誰もが品の良い衣装の中に上手く銀や濃紫を取り入れていた。
けれど。
大広間に足を踏み入れ会場を見渡した私は、思わずヒュッと息を呑んだ。
「……何だこれは」
隣にいるクロード様が低い声を漏らす。
美しい純白のクロスで華やかにセッティングされた長テーブルの上や広間のいたるところに、豪奢な花々が飾られている。だが。
それらは全て、真っ赤な大輪の薔薇をメインにアレンジされたものばかりだったのだ。
赤い薔薇を中心に、ピンクや黄緑が差し色のように入ってはいるが、どう考えてもラヤド王国の方々をお迎えするには相応しくない。背中にじんわりと嫌な汗が浮かぶ。
(なぜ……? 誰がこんな花を選んでセッティングしたの?)
ラヤド王国の人々にとって、赤は最も忌み嫌われている色。それをこんなに飾り散らしてもてなすなど、あり得ない。
愕然としていると、クロード様が使用人の女性を捕まえ強い口調で尋ねる。
「これは一体どういうことだ。誰の指示でこのような花を飾った。責任者はどこだ」
すると彼女はクロード様を見上げビクッと肩を上げると、怯えきった表情で言った。
「ほ、本日の設えは全て、王妃陛下のご指示にございます」
ドレスは淡い水色の生地で作っておいた。肩や鎖骨を透け感のほとんどない同系色のレースで完全に覆うデザインで、袖口や裾には銀糸の飾りが、そして胸元には濃紫の花の刺繍が施されている。どちらもラヤド王国で大切にされている色だ。女性の貞淑さや奥ゆかしさを好ましいとするラヤド王国の方々を決して不快にさせないよう配慮し、清楚な雰囲気を醸し出せるよう自前のストレートヘアをそのまま下ろし、耳元だけ後ろにまとめたハーフアップスタイルにした。まとめた部分は銀色のリボンで結んである。
そして夕刻。クロード様が私を部屋に呼びに来た。
「そろそろ出よう、エリッサ」
「はい、クロード様。……素敵ですわ、とても」
頭から足元まで抜かりなく装ったクロード様の姿に、思わず顔が綻ぶ。
クロード様はグレーを基調とした衣装で、ボタンなどの装飾は銀色、そして胸元には私のドレスと同じように濃紫の刺繍が施されている。
「ありがとう。君が見立ててくれたものだからな。……君も相変わらず美しい。今日の衣装も、よく似合っている」
「あ、ありがとうございます……」
優しい眼差しでジッと見つめられ少し照れながら、私は差し出されたクロード様の腕にそっと自分の手を添えた。
◇ ◇ ◇
馬車が王城に到着し外に出ると、そこにはすでに何組もの高位貴族たちが集まっていた。皆ゾロゾロと大広間を目指している。久しぶりに両親とも対面した。
「公爵閣下、ご機嫌麗しゅう。……元気そうね、エリッサ」
「ええ、お母様。ご無沙汰しています」
母とは一言交わしたが、父は私にはほとんど目もくれず、クロード様に恭しく挨拶をすると、母を連れて広間の方に向かった。二人の後ろ姿を恨みがましく見つめながら、内心思った。あなたたちが甘やかしすぎたせいでキャロルがとんでもないことになっているのよ。こっちの気苦労も知らないで平然とした顔しちゃって。腹が立つ。そもそもフルヴィオ陛下とキャロルが結婚するなどと言い出す前に、この二人が断固として陛下に近付くキャロルを止めていれば。あの子を叱責し、身の程をしっかりと分からせていれば、こんなことには……。アルヴィン様だって……。
(……でもそのおかげで、私はクロード様と一緒になれたわけで。複雑だわ……)
そんなことを思っていると、セルウィン前公爵ご夫妻がお見えになった。車椅子に座った前公爵を付き人が押し、レミラ様はその横に寄り添っている。私はすぐさま彼らの元へと向かう。
「お義父様、レミラ様、ごきげんよう。お義父様、このたびは彼女の件で、お手数をおかけいたしました」
人目を気にしてキャロルの名を伏せそう言うと、前公爵は小さく頷き言った。
「あなたが気にすることじゃない。あなたとは無関係だ」
(……クロード様と同じようなことを仰る)
実の妹であることには変わりないのだから、無関係だ気にしなくていいと言われても、そう割り切ることができない。そんな私に、レミラ様はニコニコと声をかけてくださった。
「今夜も綺麗ね、エリッサさん」
「ありがとうございます。レミラ様こそ……、濃紫のドレスがよくお似合いです」
そうして集まった貴族たちと何度か挨拶を交わしながら、私たちも広間へと向かった。国交のさほどない国とはいえ、皆さすがにラヤド王国については熟知しているようで、誰もが品の良い衣装の中に上手く銀や濃紫を取り入れていた。
けれど。
大広間に足を踏み入れ会場を見渡した私は、思わずヒュッと息を呑んだ。
「……何だこれは」
隣にいるクロード様が低い声を漏らす。
美しい純白のクロスで華やかにセッティングされた長テーブルの上や広間のいたるところに、豪奢な花々が飾られている。だが。
それらは全て、真っ赤な大輪の薔薇をメインにアレンジされたものばかりだったのだ。
赤い薔薇を中心に、ピンクや黄緑が差し色のように入ってはいるが、どう考えてもラヤド王国の方々をお迎えするには相応しくない。背中にじんわりと嫌な汗が浮かぶ。
(なぜ……? 誰がこんな花を選んでセッティングしたの?)
ラヤド王国の人々にとって、赤は最も忌み嫌われている色。それをこんなに飾り散らしてもてなすなど、あり得ない。
愕然としていると、クロード様が使用人の女性を捕まえ強い口調で尋ねる。
「これは一体どういうことだ。誰の指示でこのような花を飾った。責任者はどこだ」
すると彼女はクロード様を見上げビクッと肩を上げると、怯えきった表情で言った。
「ほ、本日の設えは全て、王妃陛下のご指示にございます」