【SS投稿中】殿下、私を解放していただきます。〜 妹を選んだ王太子に婚約破棄された有能令嬢の、その後の人生 〜

62. 登場

(ああ……っ、もう来られてしまった……!)

 大切な主賓の方々をお待たせするわけにはいかない。
 動揺している陛下に代わり、セルウィン前公爵が会場にいた全員に着座を命じる。その声で、貴族たちは皆一斉に自分たちの席へと向かった。陛下もだ。
 もう主賓が王城に到着してしまったというのに、肝心のキャロルはまだ姿を見せない。一体どこで何をしているのか。私は内心ハラハラしながら何度も扉の方に視線を送った。

 けれど心配も虚しく、先にラヤド王家の方々が大広間へと入場される事態になった。着座していた全員が立ち上がり、微笑みを浮かべ入り口に目を向ける。
 独特の伝統的な衣装に身を包んだラヤド王国王家の方々が、次々に大広間へと入ってきた。国王、第一王子、第二王子……、そして彼らに付き従う侍従たち。王族の方々は艶やかなとても長い銀髪を持ち、その美しさに皆が息を呑む気配がした。神秘的かつ幻想的な彼らの雰囲気は、大陸の他のどの国々の人とも違っていて、神々しささえ感じる。

「ようやくお目にかかれた。本日はかような盛大なもてなしをありがとう。心より感謝いたします、サリーヴ王国国王」

 凛としたよく通る声で、ラヤド王国の国王がフルヴィオ陛下に挨拶をする。セルウィン前公爵よりは幾分若く見えるお方だ。そして、少し訛りのある帝国語。案の定、陛下は上擦った声で自信なさげに返事をした。……自国語で。彼の隣にはいまだベッタリと通訳がくっついており、ラヤド国王が一言話すたびに通訳が陛下に耳打ちをし、陛下が自国語で返事、それを通訳がラヤド国王に伝えるというやり取りが繰り返される。……クロード様の向こう側に座っているセルウィン前公爵の方から、冷気が漂っている気がする。たぶん、気のせいではない。
 その上フルヴィオ陛下はさっきから何度も私の方をチラチラと見てくるのだ。……本当に止めてほしい。私に助けを求めるのは。こんな事態になったのは、全て自業自得なのですよ、陛下。そう言ってやりたかった。

 晩餐の席はそれなりに和やかに進んでいった。陛下は「王妃は体調が芳しくなく、もしかしたら今日は最後まで顔を出せないかもしれない」という、取ってつけたような言い訳をしていた。もういっそその方がいい。気分が乗らないとか、そんな身勝手な理由でも構わないから、この際姿を見せずにこの場がつつがなくやり過ごせれば……と私は心の中で願っていた。
 フルヴィオ陛下はラヤド国王から次々と振られる話題に降参したのか、早々に私を先方に紹介した。どうりで私の席が陛下と主賓に近いわけだ。最初から私を当てにしていたのだろう。

「ラヤド国王、こちらが例の学園の建設を進めている、セルウィン公爵とその夫人です」

 通訳が私たちを指し示してそう言うと、ラヤド国王は満足そうに微笑み、こちらを見る。

「奥方は存じ上げている。リウエ王国の式典などでも、何度か挨拶を交わした」
「ええ。大変ご無沙汰しております。この度は身に余るお声がけを、本当にありがとうございます。ご興味を示していただけて光栄でございますわ」

 私とクロード様は、ラヤド国王に聞かれるがまま、学園の交換留学制度について説明した。ラヤドの王子たちや、サリーヴの貴族たちも興味深げに話に聞き入っており、場は順調に、とても和やかに進んでいった。料理は少しセンスがない組み合わせのような気がしたけれど、それでも何品かの前菜は、我が国の伝統的な料理を楽しんでいただけそうなメニューではあった。やはり給仕たちの人数が全く足りていないため、全員に同じ料理が行き渡るまでにかなり時間がかかり見苦しい。それでもラヤド王家の方々には失礼がないよう提供できていたので、まだよかった。

 けれど。

 スープが出てきた頃、ついに事件が起こった。

 フルヴィオ陛下はほとんど会話に入らずただ強張った笑みを浮かべているだけではあったが、ラヤド王家の方々と私たちとの会話は弾み、皆満足そうな表情をなさっていた。
 その時だった。
 ふいに扉の外で、何者かが言い争っているような声が聞こえた。そこに甲高い女性のわめき声が混じっていることに気付き、嫌な予感に心臓が音を立てる。そして。

 扉が開かれた瞬間、私は目を疑った。
 そこにまるで大きな血しぶきのような、真っ赤な何かが見えたからだ。それがキャロルであることに、しばらくしてから気付く。キャロルはあろうことか、深紅のドレスを着て現れたのだ。それも総フリルの、かなりボリュームがある派手なドレスだ。さらには肩や鎖骨、胸の谷間まで、嫌がらせのように大胆に露出してある。
 ボリュームがあるのはドレスだけではない。産み月の彼女のお腹はパンパンに膨れているし、そこをさらに総フリルが覆っているものだから、驚くほどのど迫力だ。その上本人もパンパンに太っている。顔は真ん丸だし、露出した二の腕も、私の太ももくらいはあるんじゃないかという太さだ。毎日どれほど怠惰な生活を送っているのだろうか。おそらく食べて寝るだけの繰り返しなのだろう。数ヶ月間での激変ぶりに、私は開いた口が塞がらなかった。




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