【SS投稿中】殿下、私を解放していただきます。〜 妹を選んだ王太子に婚約破棄された有能令嬢の、その後の人生 〜
63. 最悪の晩餐会
同じ長テーブルにいる父と母が、ヒッと声を上げたのが聞こえた。大広間中の視線を浴び、キャロルは満面の笑みを浮かべる。
「大変お待たせいたしましたわ、皆さん!」
そう言うと、キャロルはその丸い体でブリンブリンと揺れながら、こちらに向かって歩いてくる。私はおそるおそるラヤド王家の方々を盗み見た。……国王からも王子たちからも、完全に表情が消え失せている。露骨に不快を表に出さないのは、さすがといったところだ。けれど、こんな姿のキャロルをこの場にいさせるわけにはいかない。
(陛下……!)
私はフルヴィオ陛下に目配せし、無言の圧力をかけた。何か上手いこと言ってこの子をここから追い出し、ドレスを替えさせないと。けれど陛下は激しく動揺し、開いた口をあわあわと震わせキャロルを見つめるばかり。その後辺りを見回し、私と目が合うと慌てて目を逸らした。そしてラヤド国王を見てまた目を逸らし、今度はセルウィン前公爵と視線が絡むと、ビクッと硬直して不自然な動きで目を伏せた。全く役に立ちそうもない。
そうこうしているうちに我々の席のところまでやって来たキャロルが、ラヤド国王に向かって、少し両手を広げて首だけをカクッと下げた不格好なカーテシーもどきを披露した。
「お初にお目にかかりますぅ、ラヤド国王様。あたしがこのサリーヴ王国の王妃、キャロルですわ! 遅れて申し訳ございません。ちょっとしたトラブルがございましたの」
サリーヴ語でそう言うと、キャロルは強い目つきで壁際に立っている彼女の侍女たちを見た。……侍女の一人の頬が、真っ赤に腫れている。このドレスで列席すると言い張る彼女を、全力で止めてくれていたのだろうか。胸が痛んだ。
「……お目にかかれて光栄だ、サリーヴ王国王妃よ。随分と特徴的で、皆様とは一味違うお召し物だ。我々には馴染みのない色なので、目が眩むな」
キャロルのそばにいた通訳が彼女の言葉を伝えると、ラヤド国王はキャロルを見つめたまま、帝国語で拒絶を滲ませた挨拶を返す。背中に冷や汗が浮かんだ。
ラヤド国王のこの言葉を聞いても、フルヴィオ陛下は一言も喋らない。存在感を消そうとするかのようにずっと俯いている。
その時、クロード様が重々しく口を開いた。
「……恐れながら王妃陛下。本日ラヤド王国王家の皆様をお招きするにあたり、我々は歓迎の意を最大限示すためにと、入念に打ち合わせと準備を進めてまいりました。妃陛下の元にも、妻が作成した資料をお届けしたはずですが。僭越ながら、妃陛下のそのお召し物は、主賓の皆様を著しく困惑せしめるものでございます。本日の趣旨にはいささかそぐわぬものかと」
(クロード様……!)
彼は今までラヤド王家の方々と話していた帝国語ではなく、サリーヴ語でキャロルに進言したのだが、ラヤド国王らは理解しているようだ。クロード様のことをジッと見つめている。
彼の言葉に、私も同意を示す。
「その通りですわ、王妃陛下。ご懐妊中の大切なお体。冷えてもいけませんし、まずはお召し替えをなさってから……」
「黙りなさいあなたたち! 臣下の分際で、誰に向かって口をきいているの!?」
すると、キャロルは私の言葉を遮り、私たちを睨みながら閉じた扇を勢いよくこちらへ向けてきたのだ。
呆気にとられていると、キャロルは一転笑みを浮かべながら、ラヤド王家の方々に向き直る。
「そこにおりますあたしの実姉が、何やら杓子定規なくだらない資料を寄越しましたが、あえて無視しましたの。だって、形式ばかりを気にした変わり映えのないおもてなしって、何の意味がございますの? ラヤド王国王家の皆様は、あたしたちの王国にご興味を示してくださったのですわよね。こちらがどんな国なのか、どんな素晴らしい文化を持つのか、きっとお知りになりたいはずだと思いましたの。あたしは歴代の王妃たちとは違います。革新的で、斬新で、自由な王妃ですわ! 本日はせっかくこうして来てくださったラヤド王国の皆様に、取り繕わず、あたしたちの姿を見ていただこうと思いまして。もてなしの全ては、あたし自身の指示で準備いたしましたのよ。うふ」
違う。サリーヴ王国に興味を示されたわけではない。
私たちが新たに設立している学園の交換留学制度にご興味を示してくださったのだ。分かっていないのだろうか。
得意満面といった表情のキャロルを、我が国の貴族たちは皆氷のような冷たい目で見ている。ラヤドの美しい王子たちはうちの品のない王妃の装いが見るに堪えないのか、さっきからずっと目を伏せたままだ。
「……なるほど。あなたの仰ることはたしかに斬新だ。そちらがそのような方針ならば、我々はその革新的なあなた方のもてなしを堪能させていただこう」
「ええ、ぜひ楽しんでいってくださいませ!」
さっきまでの和やかな空気は一変した。帝国語とサリーヴ語に通訳が都度介入する会話が、キャロルの主導で始まった。キャロルはやたらと、今夜の晩餐は王家が全て計画したものだ、料理も会場のセッティングも全て自分が一人で決めたのだと力説し、セルウィン公爵家は一切関与していないと強調した。そして時折、敵意むき出しの目で私を睨む。
「……あら? そういえば、あたしが指示した深紅の薔薇たちはどうなっているの? なんでこんな地味な花が飾ってあるのかしら。全く……! ……最近使用人たちが弛んでいるんです。王妃の命もまともに遂行できない使用人なんて、お話になりませんわよね? ラヤド国王様。そちらのお国でも、やはり下々の者って愚鈍な人が多いんですの? 躾って厳しくされてます?」
あまりにも場に似つかわしくない話題に、キャロルの通訳も戸惑い、口を開けずにいる。だがラヤド国王は、しばらくしてゆっくりと口を開いた。
「……我々は城に仕える者たちも皆、大きな家族として認識している。そういう文化なのです。我々が仕事をしやすいように日々城を整え、身支度を手伝い、手の込んだ体に良い食事を考え給仕してくれる。感謝こそすれ、“下々”だの“愚鈍”だの、思ってはおりませんよ。王族も使用人も、皆同じ人間。互いに敬意と親愛を持って接すれば、自然と彼らの仕事ぶりにも反映されるものです」
穴があったら入りたいとは、まさにこのこと。きっとラヤド王家の方々は今、このサリーヴ王国の王家に対して不信感でいっぱいだろう。陛下やキャロルとは人間性が違いすぎる。
ラヤド国王の話した内容が全く理解できなかったのだろうフルヴィオ陛下は、さも分かったような顔で感心したようにウンウンと頷いている。絶対に分かっていない。
キャロルは通訳の言葉を聞き終えると、うふふふと声を出して笑った。
「ラヤド王国って面白い考え方をする国なんですのね!」
「大変お待たせいたしましたわ、皆さん!」
そう言うと、キャロルはその丸い体でブリンブリンと揺れながら、こちらに向かって歩いてくる。私はおそるおそるラヤド王家の方々を盗み見た。……国王からも王子たちからも、完全に表情が消え失せている。露骨に不快を表に出さないのは、さすがといったところだ。けれど、こんな姿のキャロルをこの場にいさせるわけにはいかない。
(陛下……!)
私はフルヴィオ陛下に目配せし、無言の圧力をかけた。何か上手いこと言ってこの子をここから追い出し、ドレスを替えさせないと。けれど陛下は激しく動揺し、開いた口をあわあわと震わせキャロルを見つめるばかり。その後辺りを見回し、私と目が合うと慌てて目を逸らした。そしてラヤド国王を見てまた目を逸らし、今度はセルウィン前公爵と視線が絡むと、ビクッと硬直して不自然な動きで目を伏せた。全く役に立ちそうもない。
そうこうしているうちに我々の席のところまでやって来たキャロルが、ラヤド国王に向かって、少し両手を広げて首だけをカクッと下げた不格好なカーテシーもどきを披露した。
「お初にお目にかかりますぅ、ラヤド国王様。あたしがこのサリーヴ王国の王妃、キャロルですわ! 遅れて申し訳ございません。ちょっとしたトラブルがございましたの」
サリーヴ語でそう言うと、キャロルは強い目つきで壁際に立っている彼女の侍女たちを見た。……侍女の一人の頬が、真っ赤に腫れている。このドレスで列席すると言い張る彼女を、全力で止めてくれていたのだろうか。胸が痛んだ。
「……お目にかかれて光栄だ、サリーヴ王国王妃よ。随分と特徴的で、皆様とは一味違うお召し物だ。我々には馴染みのない色なので、目が眩むな」
キャロルのそばにいた通訳が彼女の言葉を伝えると、ラヤド国王はキャロルを見つめたまま、帝国語で拒絶を滲ませた挨拶を返す。背中に冷や汗が浮かんだ。
ラヤド国王のこの言葉を聞いても、フルヴィオ陛下は一言も喋らない。存在感を消そうとするかのようにずっと俯いている。
その時、クロード様が重々しく口を開いた。
「……恐れながら王妃陛下。本日ラヤド王国王家の皆様をお招きするにあたり、我々は歓迎の意を最大限示すためにと、入念に打ち合わせと準備を進めてまいりました。妃陛下の元にも、妻が作成した資料をお届けしたはずですが。僭越ながら、妃陛下のそのお召し物は、主賓の皆様を著しく困惑せしめるものでございます。本日の趣旨にはいささかそぐわぬものかと」
(クロード様……!)
彼は今までラヤド王家の方々と話していた帝国語ではなく、サリーヴ語でキャロルに進言したのだが、ラヤド国王らは理解しているようだ。クロード様のことをジッと見つめている。
彼の言葉に、私も同意を示す。
「その通りですわ、王妃陛下。ご懐妊中の大切なお体。冷えてもいけませんし、まずはお召し替えをなさってから……」
「黙りなさいあなたたち! 臣下の分際で、誰に向かって口をきいているの!?」
すると、キャロルは私の言葉を遮り、私たちを睨みながら閉じた扇を勢いよくこちらへ向けてきたのだ。
呆気にとられていると、キャロルは一転笑みを浮かべながら、ラヤド王家の方々に向き直る。
「そこにおりますあたしの実姉が、何やら杓子定規なくだらない資料を寄越しましたが、あえて無視しましたの。だって、形式ばかりを気にした変わり映えのないおもてなしって、何の意味がございますの? ラヤド王国王家の皆様は、あたしたちの王国にご興味を示してくださったのですわよね。こちらがどんな国なのか、どんな素晴らしい文化を持つのか、きっとお知りになりたいはずだと思いましたの。あたしは歴代の王妃たちとは違います。革新的で、斬新で、自由な王妃ですわ! 本日はせっかくこうして来てくださったラヤド王国の皆様に、取り繕わず、あたしたちの姿を見ていただこうと思いまして。もてなしの全ては、あたし自身の指示で準備いたしましたのよ。うふ」
違う。サリーヴ王国に興味を示されたわけではない。
私たちが新たに設立している学園の交換留学制度にご興味を示してくださったのだ。分かっていないのだろうか。
得意満面といった表情のキャロルを、我が国の貴族たちは皆氷のような冷たい目で見ている。ラヤドの美しい王子たちはうちの品のない王妃の装いが見るに堪えないのか、さっきからずっと目を伏せたままだ。
「……なるほど。あなたの仰ることはたしかに斬新だ。そちらがそのような方針ならば、我々はその革新的なあなた方のもてなしを堪能させていただこう」
「ええ、ぜひ楽しんでいってくださいませ!」
さっきまでの和やかな空気は一変した。帝国語とサリーヴ語に通訳が都度介入する会話が、キャロルの主導で始まった。キャロルはやたらと、今夜の晩餐は王家が全て計画したものだ、料理も会場のセッティングも全て自分が一人で決めたのだと力説し、セルウィン公爵家は一切関与していないと強調した。そして時折、敵意むき出しの目で私を睨む。
「……あら? そういえば、あたしが指示した深紅の薔薇たちはどうなっているの? なんでこんな地味な花が飾ってあるのかしら。全く……! ……最近使用人たちが弛んでいるんです。王妃の命もまともに遂行できない使用人なんて、お話になりませんわよね? ラヤド国王様。そちらのお国でも、やはり下々の者って愚鈍な人が多いんですの? 躾って厳しくされてます?」
あまりにも場に似つかわしくない話題に、キャロルの通訳も戸惑い、口を開けずにいる。だがラヤド国王は、しばらくしてゆっくりと口を開いた。
「……我々は城に仕える者たちも皆、大きな家族として認識している。そういう文化なのです。我々が仕事をしやすいように日々城を整え、身支度を手伝い、手の込んだ体に良い食事を考え給仕してくれる。感謝こそすれ、“下々”だの“愚鈍”だの、思ってはおりませんよ。王族も使用人も、皆同じ人間。互いに敬意と親愛を持って接すれば、自然と彼らの仕事ぶりにも反映されるものです」
穴があったら入りたいとは、まさにこのこと。きっとラヤド王家の方々は今、このサリーヴ王国の王家に対して不信感でいっぱいだろう。陛下やキャロルとは人間性が違いすぎる。
ラヤド国王の話した内容が全く理解できなかったのだろうフルヴィオ陛下は、さも分かったような顔で感心したようにウンウンと頷いている。絶対に分かっていない。
キャロルは通訳の言葉を聞き終えると、うふふふと声を出して笑った。
「ラヤド王国って面白い考え方をする国なんですのね!」