【SS投稿中】殿下、私を解放していただきます。〜 妹を選んだ王太子に婚約破棄された有能令嬢の、その後の人生 〜
66. 真相(※sideセルウィン前公爵)
王妃キャロルが産気づいたとの連絡は、誰よりも真っ先に私のところに来た。エリッサ嬢がクロードに打ち明けたという、王国騎士の一人に対する王妃の歪んだ劣情。元々私自身、あの軽薄な王妃に対して信頼する気持ちなど一切なかった。フルヴィオに対してそれがないのと同じように。
王城での二人の様子を逐一私に報告する者は、何人かいた。王妃の産み月となってから、王城近くのタウンハウスに常駐していた私は、すぐさま城へと向かった。
言い含めていた通り、王妃は人払いをした離れの奥まった部屋におり、そこには二人の医師と侍女長、そして騎士団長だけが立ち会っていた。ベッドの上で、王妃はこの世のものとも思えぬ声で咆哮しながら、産みの苦しみに喘いでいた。私は椅子に腰かけ、片時も目を離さずその様子を凝視する。
そして、私が到着してから数刻後。ついに赤子が取り上げられた。
医師の手の中で、弱々しい声を上げる赤子。その子の姿を目にした我々は、一様に凍りついた。
生まれたのは、男児であった。
その御子は国王フルヴィオの色である、蜂蜜のような金髪でもなければ、翡翠色の瞳でもない。
そしてこの王妃のような桃色がかった金髪でも、黄金色の瞳でもない。
色白な二人とは違い、赤子は生まれながらに褐色と小麦色の間のような肌の色をしていた。そしてその頭にあるわずかな産毛は深い紫色、うっすらと開けた瞳は漆黒であった。
ここにいる誰もが察した。
フルヴィオとキャロルの短い治世が、終わりを告げるのだと。
王妃はその丸々と太った全身から滝のような汗をかき、しばらく意識朦朧としながら、荒い呼吸を繰り返していた。私は冷めた目でそれを見ながら思った。よくぞ親子共々無事この出産を乗り越えたものだと。まぁだが、この女の命は今からここで潰えるのだが。
「……少しは落ち着かれたか、王妃よ」
出産から十分ほどが経ち、侍女長に上体を支えられながら喉を鳴らし水を飲みはじめた王妃に、私は声をかけた。その時ようやく、王妃は座する私の存在に気付いたようだ。顔中におびただしい量の汗をかき、額や頬には髪がべっとりと張り付いている。そして定まらぬ視線を彷徨わせ、ようやく私の姿を認めた。……なんとも醜い姿だ。
王妃はしゃがれた低い声を発した。
「……はぁ? 何であんたがここにいるのよ。いつからいたの? まさか……あたしの出産をずっとそこで見てたわけじゃないでしょうね?」
「無論その通りだ。そのために駆けつけたのだからな」
「……何ですって?」
王妃は手にしていたグラスを乱暴な仕草で侍女長に渡すと、さらに低い声で言う。
「気持ちわるっ! 何なのよドスケベ! 何が楽しくて出産シーンなんか目に焼き付けに来てるわけ? 変態! 誰がこの爺を入れたの? ……ねぇ、そもそもなんであたしはこんな人気のないところに閉じ込められて産まなきゃいけなかったわけ? フルヴィオ様はどこよ! 呼びなさいよ! それに、あたしの赤ん坊は!? 早く見せて!!」
興奮してきたのか、だんだんと甲高い声で喚き散らしはじめた王妃。医師らの視線に、私は小さく頷く。
医師の一人が、体を洗った赤子を抱き、王妃の目の前へと連れてきた。そして身を屈め、王妃に赤子の姿を見せる。
王妃はその姿を見た途端、赤子を抱こうと伸ばした手をピタリと宙で止めた。その黄金色の目が、徐々に見開かれていく。
「……申し開きがあるか」
私がそう問うと、王妃は口を震わせながら開き、声にならない声を発する。
「……あ……あ……、な、なに? これ。わ、分からないわ。不思議ね。変わった色の、はだ……」
「王の子ではないな。王とそなたの子であれば、このような肌や髪、そして瞳の子は決して生まれぬ」
「……っ!!」
私と二人の医師、そしてそばに控える騎士団長と侍女長らに一斉に見据えられた王妃キャロルは、真っ青になったその顔に新たな汗の粒を浮かべた。
さんざんごねて渋った王妃だが、それからさらに数刻後、ついに観念し、全てを白状した。
アルヴィン・ランカスターという伯爵家の子息である騎士に去られた王妃は、自暴自棄になった。周囲の者たちに当たり散らし、暴力をふるい、浪費の限りを尽くし、それを咎める者たちを次々と謹慎や解雇処分にした。様々な商人たちを部屋に招き入れては高価な品々を買い漁る中で、王妃はとある一人の異国の商人を気に入った。大層美形でエキゾチックだったというその褐色の肌の男に、王妃は人払いをした部屋の中で手を付けた。
国王とはずっと寝室を共にしていたし、その男とは一度きりの火遊びだった。妊娠もしないように気を付けたつもりだった、と、王妃は言い訳にもならない言い訳を繰り返し、私に懇願した。
「お……お願いよ。どうにかして。こんなことが公になったら大変だわ。お、王国が大混乱に陥るわよ! ……そうだわ。死産だったことにしましょう。ね? それが一番丸く収まるわよ。この赤ん坊は、ここで始末してしまって……。フルヴィオ様がここにいなくてむしろ良かったわ。あ、あなたの采配? 褒めてあげるわ、前公爵。あなたたちには、たっぷりと贅沢をさせてあげなきゃね」
冷めきった目で見据える我々の顔を見回しながら、ベッドの上で両手を組み、そうのたまう王妃。この期に及んで口止め料と我が子の命と引き換えに、自分だけは助かろうとしている。
当然、女の言うことを受け入れる者などここにはいない。
私は女に、死の宣告をした。
「王妃キャロルよ。あなたには今この場で、毒杯を仰いでいただく」
王城での二人の様子を逐一私に報告する者は、何人かいた。王妃の産み月となってから、王城近くのタウンハウスに常駐していた私は、すぐさま城へと向かった。
言い含めていた通り、王妃は人払いをした離れの奥まった部屋におり、そこには二人の医師と侍女長、そして騎士団長だけが立ち会っていた。ベッドの上で、王妃はこの世のものとも思えぬ声で咆哮しながら、産みの苦しみに喘いでいた。私は椅子に腰かけ、片時も目を離さずその様子を凝視する。
そして、私が到着してから数刻後。ついに赤子が取り上げられた。
医師の手の中で、弱々しい声を上げる赤子。その子の姿を目にした我々は、一様に凍りついた。
生まれたのは、男児であった。
その御子は国王フルヴィオの色である、蜂蜜のような金髪でもなければ、翡翠色の瞳でもない。
そしてこの王妃のような桃色がかった金髪でも、黄金色の瞳でもない。
色白な二人とは違い、赤子は生まれながらに褐色と小麦色の間のような肌の色をしていた。そしてその頭にあるわずかな産毛は深い紫色、うっすらと開けた瞳は漆黒であった。
ここにいる誰もが察した。
フルヴィオとキャロルの短い治世が、終わりを告げるのだと。
王妃はその丸々と太った全身から滝のような汗をかき、しばらく意識朦朧としながら、荒い呼吸を繰り返していた。私は冷めた目でそれを見ながら思った。よくぞ親子共々無事この出産を乗り越えたものだと。まぁだが、この女の命は今からここで潰えるのだが。
「……少しは落ち着かれたか、王妃よ」
出産から十分ほどが経ち、侍女長に上体を支えられながら喉を鳴らし水を飲みはじめた王妃に、私は声をかけた。その時ようやく、王妃は座する私の存在に気付いたようだ。顔中におびただしい量の汗をかき、額や頬には髪がべっとりと張り付いている。そして定まらぬ視線を彷徨わせ、ようやく私の姿を認めた。……なんとも醜い姿だ。
王妃はしゃがれた低い声を発した。
「……はぁ? 何であんたがここにいるのよ。いつからいたの? まさか……あたしの出産をずっとそこで見てたわけじゃないでしょうね?」
「無論その通りだ。そのために駆けつけたのだからな」
「……何ですって?」
王妃は手にしていたグラスを乱暴な仕草で侍女長に渡すと、さらに低い声で言う。
「気持ちわるっ! 何なのよドスケベ! 何が楽しくて出産シーンなんか目に焼き付けに来てるわけ? 変態! 誰がこの爺を入れたの? ……ねぇ、そもそもなんであたしはこんな人気のないところに閉じ込められて産まなきゃいけなかったわけ? フルヴィオ様はどこよ! 呼びなさいよ! それに、あたしの赤ん坊は!? 早く見せて!!」
興奮してきたのか、だんだんと甲高い声で喚き散らしはじめた王妃。医師らの視線に、私は小さく頷く。
医師の一人が、体を洗った赤子を抱き、王妃の目の前へと連れてきた。そして身を屈め、王妃に赤子の姿を見せる。
王妃はその姿を見た途端、赤子を抱こうと伸ばした手をピタリと宙で止めた。その黄金色の目が、徐々に見開かれていく。
「……申し開きがあるか」
私がそう問うと、王妃は口を震わせながら開き、声にならない声を発する。
「……あ……あ……、な、なに? これ。わ、分からないわ。不思議ね。変わった色の、はだ……」
「王の子ではないな。王とそなたの子であれば、このような肌や髪、そして瞳の子は決して生まれぬ」
「……っ!!」
私と二人の医師、そしてそばに控える騎士団長と侍女長らに一斉に見据えられた王妃キャロルは、真っ青になったその顔に新たな汗の粒を浮かべた。
さんざんごねて渋った王妃だが、それからさらに数刻後、ついに観念し、全てを白状した。
アルヴィン・ランカスターという伯爵家の子息である騎士に去られた王妃は、自暴自棄になった。周囲の者たちに当たり散らし、暴力をふるい、浪費の限りを尽くし、それを咎める者たちを次々と謹慎や解雇処分にした。様々な商人たちを部屋に招き入れては高価な品々を買い漁る中で、王妃はとある一人の異国の商人を気に入った。大層美形でエキゾチックだったというその褐色の肌の男に、王妃は人払いをした部屋の中で手を付けた。
国王とはずっと寝室を共にしていたし、その男とは一度きりの火遊びだった。妊娠もしないように気を付けたつもりだった、と、王妃は言い訳にもならない言い訳を繰り返し、私に懇願した。
「お……お願いよ。どうにかして。こんなことが公になったら大変だわ。お、王国が大混乱に陥るわよ! ……そうだわ。死産だったことにしましょう。ね? それが一番丸く収まるわよ。この赤ん坊は、ここで始末してしまって……。フルヴィオ様がここにいなくてむしろ良かったわ。あ、あなたの采配? 褒めてあげるわ、前公爵。あなたたちには、たっぷりと贅沢をさせてあげなきゃね」
冷めきった目で見据える我々の顔を見回しながら、ベッドの上で両手を組み、そうのたまう王妃。この期に及んで口止め料と我が子の命と引き換えに、自分だけは助かろうとしている。
当然、女の言うことを受け入れる者などここにはいない。
私は女に、死の宣告をした。
「王妃キャロルよ。あなたには今この場で、毒杯を仰いでいただく」