【SS投稿中】殿下、私を解放していただきます。〜 妹を選んだ王太子に婚約破棄された有能令嬢の、その後の人生 〜

67. 王妃の最期(※sideセルウィン前公爵)

 私の言葉に、王妃は目をカッと見開いた。そして唇をブルブルと震わせながら反論する。

「な……何を言うのよ。冗談は止めて。怒るわよ」
「冗談であろうはずがない。そなたは国王の妃でありながら、他の男と密通し、子までなしたのだ。不義密通、国家反逆罪……。死をもって償う以外にないであろう」

 我々の会話の後ろで、侍女長が音もなく部屋を出ていった。王妃は半狂乱でわめき続ける。

「い……嫌よ!! 馬鹿言わないで!! そんなの、あ、あんたに決める権利はないわ! あたしは王妃なのよ!? ……もういいわ。お話にならない。フ、フルヴィオ様を呼びなさい。あたしの口から、彼に説明するわ。……そうよ。無理矢理……、あ、あたしは、異国の商人の男に無理矢理体を奪われたって……」
「そのような取ってつけた言い訳を誰が信じるとお思いか。一国の王妃が、自ら人払いをした部屋の中で商人と二人きりになったことがあるという事実。それだけでも大問題だ。さらに事に及び、これまで黙っていた。弁明のしようもなかろう。……キャロル・ハートネルよ。そなたがこのサリーヴ王家に嫁いだがために、我が王国の権威は地の底まで失墜した。エリッサ嬢からその座を奪い、王国の母となりながら、そなたはその役目を完全に放棄し、怠惰と享楽の限りを尽くした。そして我々が築き上げてきた王国の平和と安定した暮らし、周辺諸国との信頼関係までをも水の泡にし、民たちの生活を脅かし続けてきたのだ。……最後くらいは、素直に引かれよ。それがせめてもの、そなたに成し得る責任の取り方であろう」
「……っ、な……、いや……」

 その時。侍女長が再び部屋に戻ってきた。その手にあるグラスを見て、王妃が絞り出すようなか細い悲鳴を上げる。この国の飲み物にはない、うっすらと緑がかったその液体の色は、死を連想させるには充分な不気味さだった。

「ひぃ……っ!」

 表情のない侍女長が、ゆっくりとベッドへ近付く。王妃は汗と涙でびっしょりと濡れた顔に髪を張り付かせ、目を見開いてどんどん後ろへと下がっていく。が、それ以上逃げ場がないと分かると、出産直後の巨体とは思えぬ俊敏さでベッドを飛び降り、扉へ向かって走り出した。
 その瞬間、騎士団長がすばやい動きで彼女の背後に回り、その巨体をがっちりと取り押さえた。ヒュウッと息を吸い込んだ王妃が叫ぶより先に、騎士団長の大きな手が彼女の顔面を覆う。
 どうにかその手から逃れようと、太い手足をばたつかせ暴れる王妃。私は側近の手を借り立ち上がると、二人の元へ一歩ずつ歩いていく。
 そして騎士団長の剣帯から、ゆっくりと大剣を抜き取った。

「残念だが、それがそなたの意志ならば致し方あるまい。そなたは出産時の出血により死亡した。王国を混乱の渦に陥れた稀代の悪妃の命は、ここで潰えたのだ」
「っ!? うっ!? んぐーっ!!」

 私の言葉が耳に届いたのか、ますます激しく暴れる王妃。だが王国きっての頑強な騎士団長の両腕はビクともしない。

 私は大剣を振り上げた────



「……旦那様。この赤子については、どのように……?」

 ()()が終わった部屋の中で、私の側近が静かに口を開く。二人の医師と侍女長、そして騎士団長と我々は、布に包まれ目の前に置かれた小麦色の肌の赤子に視線を落とす。
 あふあふと息を漏らし小さな呼吸を繰り返しながら、真っ白な布の中で手足をもぞもぞと動かす、生まれたばかりの命。その子はまるで自分を見つめる我々の存在に気付いたかのように目を開けた。
 まだほとんど見えていないはずのその漆黒の瞳が、私の目をとらえた気がした。

「……クロードと夫人を呼べ。決して目立たぬよう、家紋のない馬車で来るよう伝えろ」





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