【SS投稿中】殿下、私を解放していただきます。〜 妹を選んだ王太子に婚約破棄された有能令嬢の、その後の人生 〜
書籍化記念SS◆あなたの傷
ついさっきまで、私の体を巡る激しい熱が、部屋中を満たしているかのように感じていたのに。
今この寝室は、夜の静けさの中にあった。
クロード様の腕の中で、そのたくましく厚い筋肉に頬をつけたまま、私はゆっくりと呼吸を整えていた。
しっとりと汗ばむ互いの肌。先ほどまでの熱が、まだこの体の奥に、幸せな余韻として残っている。
心が浮遊するような感覚でぼんやりとしていた私は、何気なくクロード様の顔を見上げた。その瞬間、アイスブルーの瞳と視線が絡む。
「……大丈夫か?」
「……はい」
耳朶に響く、低く穏やかな声。愛おしさに、胸の奥が甘く痺れる。
薄明かりに照らされる、クロード様の左頬の、大きな傷跡。なぜだか私は無意識に手を伸ばし、その傷に指先を這わせた。彼が驚いたように、少し目を見開く。
「……ごめんなさい。つい……」
引っ込めようとした私の手は、クロード様の大きな手に包み込まれた。そのまま彼は私の指先で自分の傷跡を辿るように撫でた。
「構わない。お前がこの体のどこを好きに触ろうとも」
クロード様はそう言って口角を上げた。
「……触れると痛みがあったりはしないのですか?」
「いや。痛みは全くない。もう随分と前のものだ」
彼は目を閉じ、静かに語り出す。
「……東部戦線でのことだった。シェルグ砦を巡る攻防で、敵軍の奇襲を受けた。前線が崩れ、部隊の撤退が遅れたんだ。私は殿として、最後まで残って戦った。この傷は、その時の置き土産だ」
「……そんなことがあったのですね……」
頭の中に情景が浮かび、戦うクロード様の勇猛な姿が見えるようだった。一歩間違えれば、この人は今、ここにいなかったのかもしれないのだ。
このたくましい体は、軍人だった頃、何度もそんな死線をくぐり抜けてきたのだろう。私は知らず知らずのうちに、クロード様の首すじに腕を伸ばし、しがみつくように抱き寄せていた。
敬意を抱かずにはいられない。命を賭して国を守り続けた、その勇気と覚悟も、尊いと思う。
けれど、この人と出会わなかった人生なんて、想像もできない。
生きていてくれてよかったと、心底思う。
クロード様はまるでそんな私の心の内を見透かしたように、私を優しく抱き寄せた。
「……怖いと思ったことは、ないのですか?」
思わず口をついて出た私の愚かな問いかけに、彼は静かな声で答える。
「恐れはいつだってあったさ。たとえ周囲の者たちから“鋼の獅子”だの“鉄壁の盾”だのと呼ばれるだけの強さを得ていても、ほんの一瞬の油断で命を落とすことに変わりはない。だが私の目の前には、守らねばならぬものが常にあった。それだけのことだ」
(……素敵……)
わずかな逡巡もないその真っ直ぐな言葉に、胸の奥が痺れる。クロード様のアイスブルーの瞳には、決して揺らぐことのない強さが宿っていた。
この人は、どんな嵐でも折れない大樹のようだ。軍人として数多の戦火をくぐり抜けてきたその経験が今、国王として全ての民たちの上に立つ重責にも押し潰されない強さへと繋がっているのだろう。
こんな素敵な人が、私の夫だなんて。
私は今再び、この人に恋をしていた。
この人の勇猛さを、賢明さを、真っ直ぐなところを知るたびに、何度も私は恋をしてしまう。
高鳴る心臓の音が伝わってしまうのではないかと思うほどぴったりと寄り添い合ったままときめいていると、クロード様の骨ばった指先が、私の唇をそっとなぞり、そして頬を包み込んだ。
「……私が今何よりも守りたいものは、お前だ、エリッサ」
「……ク、クロード様……」
突然のその言葉に、ますます鼓動が速くなる。頬がじんわりと熱を帯びた。
「本当だ。誰よりも気高く凛としていながら、時折無垢な愛らしさを見せるお前が可愛くて仕方がない。目が離せない。このままずっと、こうして腕の中に閉じ込めていたくなるくらいだ」
(……嬉しい)
愛する人の甘い言葉に、ますます体温が上がっていく。きっとクロード様にも伝わっているだろう。恥ずかしくて、私は彼の胸に顔を埋めた。
ドキドキしながら、自分の素直な想いを伝える。
「私も……片時もあなたから離れたくないと、思ってしまいます。こうしている時がたまらなく幸せで……。クロード様に相応しい妻になれるように、もっと努力しますね、私」
「……エリッサ……」
「いつまでもあなたに、そんな風に思っていただけるように。あなたの妻になれて、本当によかった。私と出会ってくださって、ありがとうございます、クロード様」
「……お前は……」
小さく掠れた声でそう呟くと、クロード様は突如体勢を変え、私の上に覆いかぶさる。そして両腕を私の顔の横に添えると、そのまま前触れもなく私の唇を奪った。
「……っ! ん……っ」
何度も角度を変え唇を重ねながら、クロード様はいつの間にか私の指を自分の指と絡めるように握っている。彼に全身を包み込まれるような体勢に、頭の芯が甘く痺れるような喜びを覚えた。
濃密なキスを繰り返すうちに、彼がまた私を望んでいることに気付く。
唇がわずかに離れた瞬間ようやく深く息を吸った私は、潤んだ瞳をうっすらと開け、目の前のクロード様を見つめる。
カーテンの隙間から差す月明かりが、彼の瞳の熱を私に伝えた。
「……この想いを伝えるには、言葉だけでは足りない。エリッサ、今夜はもう一度だけ──」
寝室の空気が艶めかしく揺らめき、二人の吐息の温度が上がった。
交わした言葉も、絡め合った指先も、再び甘く溶け合っていく。
二人きりの特別な時間を体に刻むように、私は瞳を閉じ、クロード様の熱を全身で受け止めた──。
今この寝室は、夜の静けさの中にあった。
クロード様の腕の中で、そのたくましく厚い筋肉に頬をつけたまま、私はゆっくりと呼吸を整えていた。
しっとりと汗ばむ互いの肌。先ほどまでの熱が、まだこの体の奥に、幸せな余韻として残っている。
心が浮遊するような感覚でぼんやりとしていた私は、何気なくクロード様の顔を見上げた。その瞬間、アイスブルーの瞳と視線が絡む。
「……大丈夫か?」
「……はい」
耳朶に響く、低く穏やかな声。愛おしさに、胸の奥が甘く痺れる。
薄明かりに照らされる、クロード様の左頬の、大きな傷跡。なぜだか私は無意識に手を伸ばし、その傷に指先を這わせた。彼が驚いたように、少し目を見開く。
「……ごめんなさい。つい……」
引っ込めようとした私の手は、クロード様の大きな手に包み込まれた。そのまま彼は私の指先で自分の傷跡を辿るように撫でた。
「構わない。お前がこの体のどこを好きに触ろうとも」
クロード様はそう言って口角を上げた。
「……触れると痛みがあったりはしないのですか?」
「いや。痛みは全くない。もう随分と前のものだ」
彼は目を閉じ、静かに語り出す。
「……東部戦線でのことだった。シェルグ砦を巡る攻防で、敵軍の奇襲を受けた。前線が崩れ、部隊の撤退が遅れたんだ。私は殿として、最後まで残って戦った。この傷は、その時の置き土産だ」
「……そんなことがあったのですね……」
頭の中に情景が浮かび、戦うクロード様の勇猛な姿が見えるようだった。一歩間違えれば、この人は今、ここにいなかったのかもしれないのだ。
このたくましい体は、軍人だった頃、何度もそんな死線をくぐり抜けてきたのだろう。私は知らず知らずのうちに、クロード様の首すじに腕を伸ばし、しがみつくように抱き寄せていた。
敬意を抱かずにはいられない。命を賭して国を守り続けた、その勇気と覚悟も、尊いと思う。
けれど、この人と出会わなかった人生なんて、想像もできない。
生きていてくれてよかったと、心底思う。
クロード様はまるでそんな私の心の内を見透かしたように、私を優しく抱き寄せた。
「……怖いと思ったことは、ないのですか?」
思わず口をついて出た私の愚かな問いかけに、彼は静かな声で答える。
「恐れはいつだってあったさ。たとえ周囲の者たちから“鋼の獅子”だの“鉄壁の盾”だのと呼ばれるだけの強さを得ていても、ほんの一瞬の油断で命を落とすことに変わりはない。だが私の目の前には、守らねばならぬものが常にあった。それだけのことだ」
(……素敵……)
わずかな逡巡もないその真っ直ぐな言葉に、胸の奥が痺れる。クロード様のアイスブルーの瞳には、決して揺らぐことのない強さが宿っていた。
この人は、どんな嵐でも折れない大樹のようだ。軍人として数多の戦火をくぐり抜けてきたその経験が今、国王として全ての民たちの上に立つ重責にも押し潰されない強さへと繋がっているのだろう。
こんな素敵な人が、私の夫だなんて。
私は今再び、この人に恋をしていた。
この人の勇猛さを、賢明さを、真っ直ぐなところを知るたびに、何度も私は恋をしてしまう。
高鳴る心臓の音が伝わってしまうのではないかと思うほどぴったりと寄り添い合ったままときめいていると、クロード様の骨ばった指先が、私の唇をそっとなぞり、そして頬を包み込んだ。
「……私が今何よりも守りたいものは、お前だ、エリッサ」
「……ク、クロード様……」
突然のその言葉に、ますます鼓動が速くなる。頬がじんわりと熱を帯びた。
「本当だ。誰よりも気高く凛としていながら、時折無垢な愛らしさを見せるお前が可愛くて仕方がない。目が離せない。このままずっと、こうして腕の中に閉じ込めていたくなるくらいだ」
(……嬉しい)
愛する人の甘い言葉に、ますます体温が上がっていく。きっとクロード様にも伝わっているだろう。恥ずかしくて、私は彼の胸に顔を埋めた。
ドキドキしながら、自分の素直な想いを伝える。
「私も……片時もあなたから離れたくないと、思ってしまいます。こうしている時がたまらなく幸せで……。クロード様に相応しい妻になれるように、もっと努力しますね、私」
「……エリッサ……」
「いつまでもあなたに、そんな風に思っていただけるように。あなたの妻になれて、本当によかった。私と出会ってくださって、ありがとうございます、クロード様」
「……お前は……」
小さく掠れた声でそう呟くと、クロード様は突如体勢を変え、私の上に覆いかぶさる。そして両腕を私の顔の横に添えると、そのまま前触れもなく私の唇を奪った。
「……っ! ん……っ」
何度も角度を変え唇を重ねながら、クロード様はいつの間にか私の指を自分の指と絡めるように握っている。彼に全身を包み込まれるような体勢に、頭の芯が甘く痺れるような喜びを覚えた。
濃密なキスを繰り返すうちに、彼がまた私を望んでいることに気付く。
唇がわずかに離れた瞬間ようやく深く息を吸った私は、潤んだ瞳をうっすらと開け、目の前のクロード様を見つめる。
カーテンの隙間から差す月明かりが、彼の瞳の熱を私に伝えた。
「……この想いを伝えるには、言葉だけでは足りない。エリッサ、今夜はもう一度だけ──」
寝室の空気が艶めかしく揺らめき、二人の吐息の温度が上がった。
交わした言葉も、絡め合った指先も、再び甘く溶け合っていく。
二人きりの特別な時間を体に刻むように、私は瞳を閉じ、クロード様の熱を全身で受け止めた──。