かりそめ婚は突然に 〜摩天楼Love Story〜

第二章/ささやかな願い



わたし、辻原桜帆は26歳になるというのに、恥ずかしながら恋愛経験がない。
一人っ子で早くに父を亡くしたからだろうか。現実を突きつけられ、守りに入って生きてきた自覚がある。

しっかりしなくてはいけない。早く自立できるようにならなくては。祖母と母を支えられるくらいに。
それが人生の目標だった。

彼氏がいてデートをして、誕生日やイベントを一緒に楽しむ…なんてわたしにはどこか遠い世界の出来事に感じられた。
安定企業に就職し、人並みに給料ももらえるようになり、家族全員健康でと、ようやく一息つけるようになってきたのに。

唐突に、勤務先の社長の息子との結婚話なんて———

『ゆっくり考えてほしい』なんて言われても。
考えますよ、考えずにいられないというほうが正しいけど。

あれから、仕事も上の空になりそうなくらい、ぐるぐると彼のこと、彼に言われたことばかりがわたしの頭を駆け巡っている。

お断りするという選択肢はあるのだろうか。
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