一年だけの契約妻で、ほぼ放置されていたのに
封じ込められた記憶


熱を出した一週間後、私はぎこちない足取りで重厚なワインレッドの絨毯の上を八センチのハイヒールで歩いていた。
「これ、おかしくないです?ちょっと露出しすぎじゃ」
シースルーのサンドベージュのボレロの下に着た淡いブルーのワンピースドレスを何度も見ては鷹士さんい問いかける。
「いや、そんなことない。綺麗です」
彼はいつも無表情とは反対に甘い言葉をさらっと言うから、脳がバグりながらもどうしてこうなったのか再確認のために五日前へと記憶を遡った。
「頼みがあります」
鷹士さんが仕事から帰ってきて私の顔を見て開口一番に言った。彼が渋い面をしているなんてよほどのことないから、自ずと身構える。
「な、何です?」
「来週、ちょっとした親戚の集まりがあるんです」
「親戚……」
「そう。俺が海外の時はうまく断れたのが、日本にいるとどうもその手が使えなくて。あまり断り続けるのも会社も絡むので限界があるんです」
親族経営となると、まったく仕事とプライベートを分けるのは難しそうだ。事実、会社のために私と結婚したのだから。ちなみに結婚式も挙げていない私たちは親戚とも顔合わせしていない。母は私の結婚を知らないし、祖父も嫁入りしてから会っていない。元々大人になるまで存在を知らなかったから会わなくても支障はないのだ。むしろ、鷹士さんのほうが会社で私の祖父と会っているようだった。
鷹士さんの親族では父親と祖父しか会っていない。それも一年前、鷹士さんとの初顔合わせの時だけだ。他の人たちの存在すら今まで話にすら出てきたことがないから、斎賀家の事情も当然知らない。
「それが、急に妻同伴でと言われて」
「妻……」
「つまり、あなたと一緒に参加するようにということです」
噛み砕かれた言葉にようやく理解する。私はトレーナーとスウェットの部屋着姿の自分を一度爪先から見ていって、鷹士さんに問う。
「私、妻っぽく見えます?」
「ぽく、というより実際『妻』なので」
それはそうだ。婚姻届を出した時点で彼の妻は紛れもなく私。見合っている、いないは関係ない。
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