一年だけの契約妻で、ほぼ放置されていたのに
秘密の人形
デスクの上に置いたぬいぐるみに見入る。
両手で収まるサイズの人形。仰向けで寝転ぶそれは腕と胴体が千切れかけていて、外側のフェルトの一部でかろうじてくっついている状態。中の綿も溢れているし、土汚れもついている。
どう直そうか。頭の中で作業工程を組み立てていると、不意に肩を叩かれた。
「ぎゃっ!?」
びっくりして椅子から数センチ飛び上がる。振り向くと、造形美の塊かと思える美顔が私と同じように瞠目していた。
「ごめん、ノックして声をかけたんだけど返事がないから……驚かせてすまない」
「いやっ、こっちこそごめん!作業中音楽聴いてたりするからイヤホンしてて」
そう言いながらさっと人形を近くの紙袋に入れて机の下に置き、ワイヤレスイヤホンを外した。
「どうしたの?」
「得意先で手土産に洋菓子をもらったんだ。よかったら食べないか?」
「え、いいの?」
「ああ」
「じゃあ、お茶淹れる。鷹士さんは着替えてきて」
椅子から立ち上がったら、スーツ姿の彼も頷いて踵を返した。
見られていない……よね?
人形はどこにでもあるフォルムだし。私の人形作りが趣味なのはバレているから、変ではない。
それに、あまりビクビクしていたら怪訝に思われる。鷹士さんはわりと観察眼がある。昨日病院で髪を少し揃えただけで、「髪切ったのか。似合ってる」とかさらっと言うのだ。驚きと褒められて嬉しい気持ちと相まって「あ、ああ、あり、がと」と電池切れ寸前のおもちゃみたいな声を出してしまった。
だから、油断ならない。平静を装わないと。
一呼吸大きく吐いてから、頬をペチペチと叩いて気持ちを整わせて部屋から出た。
キッチンに向かえば、白いセーターとジーンズに着替えた鷹士さんが部屋から出てきたところだった。彼はダイニングテーブルに置いていた紙袋からスイーツの箱を取り出す。中を開けると艶やかな皺のないチョコで覆われたの四号サイズのホールケーキが現れる。
「ザッハトルテだ」
「好き?」
「うん、好き!」
私が即答したら、鷹士さんの視線が右へと流れる。明らかに反応に困っている。
しまった、はしゃぎすぎた。ケーキひとつで子供っぽい。
「あ~、じゃあお茶は夜だし、デカフェのコーヒーかなぁ」
私も何事もなかったかのように高揚を胸の奥に仕舞い、コーヒーメーカーにデカフェの豆をセットした。
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