秘めた恋は、焔よりも深く。

絶景に重なる想い

鳥のさえずりが、まだ薄暗い森に響いていた。
テントの外から差し込む柔らかな朝の光が、カーテン越しに広がり、室内を少しずつ照らしていく。

美咲はふと目を開けた。
横を見れば、龍之介の大きな体が穏やかな寝息を立てている。
昨夜、自分が顔を埋めて眠ったその胸の広さを思い出し、頬が自然と熱を帯びた。

そっと布団を抜け出し、ガラスの向こうのテラスへ。
ひんやりとした空気が肌を撫で、木々の間から朝日が差し込んでくる。
深呼吸をひとつすれば、心まで洗われるような清々しさが広がった。

その背中に、低い声が届く。
「……おはよう、美咲」

振り向くと、寝起きのままの龍之介が立っていた。
髪は少し乱れているのに、その姿は不思議と頼もしく映る。

「おはようございます」
微笑みながら返すと、龍之介の口元にもゆるやかな笑みが浮かんだ。

美咲はすでにテラスでコーヒーを口にしていた。
澄んだ空気の中で味わう熱い一杯は、心まで温めてくれる。

龍之介が現れると、美咲は手元のポットを持ち上げて微笑んだ。

「先ほどコンシェルジュの方がコーヒーを持ってきてくださったんです。……龍之介さん、今飲みますか?」

白い湯気がふわりと立ちのぼる。
その香ばしい香りに、龍之介は口元をゆるめた。

「もちろんだ」
龍之介は美咲から受け取ったカップを軽く掲げ、
「ありがとう」
と低く言った。

ひと口含み、深い香りと苦みに目を細める。
「……うまいな」

軽く抱き寄せられた瞬間、腰から伝わる体温に、美咲の頬が熱を帯びる。
コーヒーの温かさと彼の腕の力強さが重なり、朝の澄んだ空気の中で、特別な温もりに包まれていった。

そう呟いたあと、彼はふいに身を寄せ、美咲の腰に片腕を回した。
「俺のお姫様の気分はどうだ?」

「お姫様なんて……」
美咲は小さく笑って首を振った。
「なんだか、おじさん臭い気がします」

「おじさんだもん、俺」
龍之介はあっさりと言う。

「おじさんじゃないですよ、私から見れば」
「そうか?」
「そうですよ。私だって、もう四十を超えているし。お姫様って柄じゃないですよ」

その言葉に、龍之介は少し黙り込み、美咲を見つめる。
やがて、口の端をゆるめて、低く言った。

「……お姫様じゃないとしたら、お妃さまだな」

「なっ……!?」
美咲は思わず目を見開き、頬を赤らめる。
そして照れ隠しのように笑って言った。

「もう……またそうやってからかって」

「からかってなんかいない」
龍之介の腕が美咲の腰をぐっと引き寄せる。
「いつだって、俺は本気だぞ」

龍之介の真剣な眼差しが、美咲を射抜く。
腰を抱かれたまま、ぐっと顔が近づいてくる。
来る! キスされる!
そう思った瞬間、

「……ぐぅぅぅぅ」

静かな室内に、美咲のお腹の音が響いた。

「っ……!」
真っ赤になって俯く美咲。
恥ずかしさで顔を覆いたくなる。

一拍おいて、龍之介の肩が震えた。
「……ははっ」
抑えきれない笑いがこぼれる。

「い、今のは……その……!」
美咲が慌てて口ごもると、龍之介は目尻に笑い皺を刻んだまま、さらに腰を抱き寄せて囁いた。

「いい音だった。……俺のお妃さまは、可愛すぎる」

「わ、笑わないでください……!」
抗議するように見上げる美咲に、龍之介は片手で腰を抱き寄せる。

「でも、俺も減っているんでね」

囁きと同時に、熱を帯びた唇が、美咲の口元へ深く降りてきた。
龍之介が唇を離すと、少し笑みを含んだ声で言った。
「食事は運んでもらう? それとも、併設のカフェに行くか?」

美咲は真面目な顔に戻り、背筋を正す。
「……お忘れではないと思いますが、ここには社長の命令で“仕事”に来ているんですよ」

「ん?」龍之介が片眉を上げる。

「カップル企画であれば、ルームサービスを頼むべきだと思います」

「なるほど。それもそうだな」
納得したように笑い、テーブルに置かれたメニューを開く龍之介。

二人で選び、フロントへ電話を入れると、「20分ほどかかります」との返答が返ってきた。

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