秘めた恋は、焔よりも深く。

あなたとワルツを

案内された先に広がっていたのは、ダンスホールだった。

思わず足を止めた二人に、コンシェルジュが微笑んで告げた。
「こちらでは、カップルのための社交ダンス、ワルツ体験をご用意しております」

その声に合わせるように、奥の扉からインストラクターの男女が優雅に姿を現した。
燕尾服の男性と、流れるようなドレスを纏った女性。二人の立ち姿からは、舞踏会のような気品が漂っていた。

男性インストラクターが、柔らかな笑みを浮かべて声をかけてきた。
「お二人は、社交ダンスのご経験はありますか?」

龍之介と美咲は同時に首を横に振る。
「ありません」

「それでは、本日は気軽に、ワルツの楽しさを味わっていただければと思います」

そう告げると、インストラクターは片手を広げ、ホールの中央を示した。
柔らかな音楽が流れ始め、空気が一気に舞踏会のような雰囲気に変わっていった。

ダンスホールの中央に、軽やかな旋律が流れ始めた。
ゆったりとした三拍子のリズムに合わせて、インストラクターが手本を見せる。

「まずは、基本のステップからご一緒に」

男性インストラクターが、龍之介の腕を軽く押し出すようにして位置を正す。
「左足から一歩前へ。次に右足を横へ。そして左足をそっと揃える……」

龍之介が真剣な表情でステップを踏むと、美咲は少し遅れてついていく。
「むずかしいですね……」思わず笑みがこぼれる。

「大丈夫。女性は、男性のリードに委ねるのが基本です」
女性インストラクターが美咲の肩に手を添えて、姿勢を正した。

二人は顔を見合わせ、息を合わせるようにして再びステップを踏み始めた。
音楽に合わせて一歩、また一歩。
最初は足がもつれそうになりながらも、互いに視線を交わし、真剣に動きを合わせていく。

「そう、その調子です。背筋を伸ばして、相手の呼吸を感じてください」
インストラクターの声に促され、龍之介はぐっと手に力を込め、美咲を自然に導いた。
美咲も必死に応えようと、真面目に足を運ぶ。

ふと、インストラクターがにこやかに言った。
「お二人とも、とても熱心ですね。初めてとは思えないくらい息が合っていますよ」

「それでは、それぞれお着替えに入りましょう。佐倉さんは私と、黒瀬さんは彼とこちらへ」
女性インストラクターの案内に従い、二人は別々の控室へと向かった。

扉を開けた瞬間、美咲は思わず息をのんだ。
目の前に用意されていたのは、淡い空色の光沢を帯びたワルツドレス。
柔らかなシフォンが幾重にも重なり、裾には細やかなレースの装飾が施されている。
ライトの光を受けるたびに揺らめき、まるで夜空に浮かぶ月明かりをまとったかのように輝いていた。

「まぁ……なんて、美しい……」
鏡の前に立ち、そっとドレスの生地に指先を滑らせる。
胸の奥に高揚感と緊張が入り混じり、自然と頬が紅潮した。

一方、龍之介の控室には漆黒の燕尾服が整然と用意されていた。
ジャケットのラインはシャープで、シルクの光沢がさりげなく気品を添えている。
インストラクターが手際よく整える様子を見ながら、龍之介は口の端をわずかに上げた。
「なるほど……これは彼女も驚くだろうな」

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