秘めた恋は、焔よりも深く。

心が選ぶ場所

ポストに届いていた一通の封筒。
何気なく開けた瞬間、美咲の視線が止まった。

「……え?」

マンションの管理会社からの通知だった。
所有者の意向により、この建物が売却されるという。
退去期限は、通知から180日以内。

一瞬、胸の奥がざわついた。
この部屋は、離婚してからずっと住んでいた場所。
静かで、駅にも近く、何よりも“自分を守ってくれた空間”だった。

仕事に集中する日々も、涙が止まらなかった夜も、
ここで過ごしてきた。

そんな場所から、出なければならない。

けれど.....

(……そろそろ、って思ってた)

ほんの少し前から、新しい環境に身を置いてみようかと考え始めていた。
今の自分なら、もう“あの頃”の延長ではなく、
自分自身の選択で、新しい場所を選べる気がしていた。

すぐにスマホを手に取り、いくつかの不動産サイトを開いてみる。
「女性一人でも安心」「自然光たっぷり」「ベランダでコーヒーを」
そんな言葉が並ぶ物件紹介を眺めているうちに、
胸の奥にふわりと灯るものがあった。

(買う、という選択も……ありかもしれない)

派手な暮らしをしてきたわけじゃない。
貯金も、少しずつだが積み重ねてきた。
この先の暮らしを、“自分で創っていく”ための一歩。

(……楽しみ、かも)

大きな変化のはずなのに、不思議と怖くはなかった。
それどころか、これからの暮らしに、少しだけワクワクしている自分がいる。

窓の外を見れば、秋の空が高く澄んでいた。


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