秘めた恋は、焔よりも深く。

真樹の思惑

平日の午後、社長室で真樹は窓際から街の灯りを眺めながら、コーヒーをひと口。
龍之介はソファに腰を下ろし、しばらく沈黙を保っていた。

「……で、どうなんだ?」

静かに切り出す真樹の声に、龍之介が眉を動かす。
「何が?」

「佐倉さんのことだよ。……隠してるつもりかもしれないが、
おまえの視線は、昔からわかりやすい」

龍之介は苦笑し、目を伏せた。
「……気づかれてたか」

「まあな。で、どうしたいんだ?」

「どう、って言われても……」
言い淀んだ龍之介に、真樹は背を向けたまま続ける。

「おまえ、仕事ではあれほど冷静なのに、人のことになると妙に慎重になる。
立場とか、距離とか……そういうのを考えすぎて、いつも出遅れる」

「……出遅れる、か」

「そうだ。しかも今回は.......相手が松田専務だぞ」

「……」

真樹は振り返り、コーヒーカップをデスクに置いた。
「あの男、外では穏やかに見せてるが、動くときは迷いがない。
本気で佐倉さんに向き合うつもりなら、おまえも腹を括れ」

「……でも、俺なんかが、彼女の隣に立っていいのかって思うと、どうしても……」

「それを決めるのは、彼女だ。おまえじゃない」

真樹はソファの肘に腰をかけ、視線を合わせる。
「おまえがどう思っているか、ちゃんと伝えたことはあるか?」

「……ない」

「なら、伝えることから始めたらいい。
気持ちを持ったまま、何も言わずに遠ざかるのは……誠実とは言えない」

龍之介は黙ったまま、小さく息をついた。
「俺はな、龍之介。
仕事仲間としても、友人としても、おまえのことを信じてる。
だからこそ……おまえには、ちゃんと、自分の想いに向き合ってほしいんだ」

沈黙のあと、龍之介がふっと目を細めた。
「……そうだな。迷ってる時間は、もうないかもしれない」

真樹はわずかに微笑む。
「ようやく、決心したか」
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