秘めた恋は、焔よりも深く。

初めての記念写真


次の日の午後。
窓辺でストールを直していた美咲は、低く響くエンジン音に気づいた。
外を見ると、黒の車が静かに停まる。
運転席から降りてきた龍之介は、チャコールグレーのジャケットを羽織り、
いつものスーツ姿よりもかなりラフで、けれど隠しきれない余裕と色気を纏っていた。

「……お迎えに上がりました」

インターホン越しでもなく、扉の前で軽く頭を下げる彼の姿に、美咲の胸は不意に熱を帯びる。
近所の視線が気になり、慌てて玄関から出る。

「そんな……わざわざ家まで来なくても」

「何を言う。俺の恋人を迎えに行くのに、わざわざも何もないだろう?」

さらりと言い切る龍之介に、言葉を返せず、頬が赤く染まる。
助手席のドアを開けて待つ彼の仕草に導かれるように、美咲は座り込む。
シートベルトを締めた瞬間、ふっと近づいてきた彼の顔に驚く。

「……髪に葉っぱがついていた。外に出る前に風に吹かれたか?」

彼の指先が頬をかすめる。その何気ない仕草に、美咲は鼓動を乱された。
低い声と共に車が走り出す。
窓の外に流れる街並みよりも、隣にいる彼の存在がずっと大きく、胸を高鳴らせていた。

「……ところで、どこに行くんですか?」
助手席に座った美咲が、少し落ち着かない声で尋ねた。
シートベルトを気にするように整えながら、彼女は続ける。

「“動きやすい格好で”って言われたので……これでよかったですか?」

濃紺のデニムに真っ白なブラウス。
クロスボディバッグを斜めに掛けた姿は、肩のラインを柔らかく強調し、耳元で揺れるゴールドのイヤリングが光を反射している。

龍之介は横目で彼女を見やり、思わず口元を緩めた。
「……いいよ。そういう格好も、すごく似合ってる。大人の余裕があって、可愛らしさもある」

ハンドルを切りながら、声を少し落として続ける。
「行き先は、コスモス祭りだ」

「コスモス祭り……?」美咲は目を瞬いた。
ふと何かを思いついたように、ぱっと顔を上げる。
「もしかして、昭和記念公園ですか?」

その表情は驚きと嬉しさで輝いていた。
龍之介は満足そうに片眉を上げ、短く答える。

「ああ。行ったことは?」

「ないです。でも……ずっと行ってみたかったので……嬉しいです」

美咲の口元に自然と笑みがこぼれる。
その笑顔に、車内の空気が一気に和らぎ、秋晴れの光が差し込むように明るくなった。

ハンドルを握る龍之介の胸の奥が、じんわりと熱くなる。
「……そうか。なら、今日は俺に感謝してくれていいな」

「ふふ、ありがとうございます」
照れながらも笑顔で応える美咲。
その横顔を見つめながら、龍之介は小さく息をつき、視線を前へ戻した。
彼女を連れてきてよかった、そう心の中で噛み締めながら。

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