秘めた恋は、焔よりも深く。
開き始めた扉
日曜の夜の熱がまだ残っているような気がしたまま、美咲は月曜の朝を迎えた。
カーテンの隙間から差し込む光に目を細めながら、胸に手を当てる。
「焼き鳥の味がする。」
龍之介のいたずらめいた笑みと、最後の囁きが耳の奥によみがえる。
心臓がまだ落ち着かない。
それでも月曜日は待ってはくれず、時計の針は無情に進んでいく。
「……行かなきゃ」
小さく息を吐き、美咲はスーツに袖を通した。
鏡に映る自分の頬が、まだほんのり赤いことに気づき、思わず視線を逸らす。
会社に行けば、またいつもの一日が始まる。
けれど、その奥に昨夜の余韻が確かに息づいていることを、美咲は知っていた。
駅へ向かう道。
月曜の朝らしい人波にまぎれながら、美咲は自分だけ別の世界を歩いているような気がしていた。
あんなキス、したのはいつぶりだろう。
深く、長く。息もできないほどに抱きしめられて。
思い出すたび、胸の奥が熱く疼き、歩調がわずかに乱れる。
私、どうしてあんなに素直に受け止めてしまったんだろう。
けれど、後悔はない。
むしろ、昨夜の余韻を抱えたまま新しい一週間を迎えることが、こんなにも心を弾ませるとは思わなかった。
電車のドアが閉まる。
揺れる車内で、美咲は窓に映る自分の表情をそっと盗み見た。
そこにいたのは、昨日までの自分とは少し違う…どこか柔らかく、幸福を知っている女の顔だった。
会社に着けば、いつも通りの月曜の朝。
エレベーターに乗り込み、デスクに座り、パソコンを立ち上げる。
メールの確認、書類の整理、会議の準備……。
手はきちんと動いている。
視線も、周囲から見れば普段どおりだろう。ふと、書類をめくる手が止まる。
あの深いキス。
思い出した瞬間、喉の奥がひどく乾く。
「……集中しなきゃ」
小さくつぶやき、自分を叱咤するように画面へ視線を戻す。
森川がふと首をかしげて、美咲をまじまじと見つめた。
「……佐倉さん、なんか雰囲気が変わった気がするんですけど」
思いがけない言葉に、美咲の心臓が一瞬跳ねる。
「え? どんなふうに?」
平静を装いながら返すが、声がわずかに上ずったのを自分でも感じる。
森川は頭をかきながら、言葉を探すように間を置く。
「うまく言えないんですけど……前よりも、もっと女らしくなったというか……柔らかくなった気がして」
「そ、そうかしら」
取り繕うように微笑むが、頬の奥が熱を帯びるのを止められない。
森川はおろおろしながら、言葉を重ねた。
「い、いえっ、前がそうじゃなかったって意味じゃないんですよ!? ただ、なんというか……柔らかい雰囲気になったというか……」
そこで一拍置いて、ぽろっとこぼす。
「……可愛いな、って思うんです」
「……え? 可愛い?」
美咲は思わず椅子から半分浮きかける勢いで聞き返した。
森川は慌てて手をぶんぶん振る。
「し、失礼しました! 可愛いなんて、上司に向かって軽々しく言うことじゃないですよね! あ、でも嘘じゃないんです! 本当に、なんか可愛らしくて!」
「ちょ、ちょっと待って。可愛いって……そんな年でもないし」
美咲は苦笑しながらも、頬がほんのり熱を帯びていく。
森川はますます慌てふためき、机の上のペン立てを倒しかけた。
「ち、違うんです! 年齢とかじゃなくて……雰囲気が、ですよ! あの、なんていうか……あ、すみません、これ以上言うと墓穴掘りますよね」
美咲は思わず吹き出しそうになるのをこらえた。
「そうね……これ以上はやめておいた方がいいわね」
小さく肩を震わせながら、(でも“可愛い”なんて言われる日が来るなんて)と、心の奥でくすぐったさがじんわり広がっていた。
カーテンの隙間から差し込む光に目を細めながら、胸に手を当てる。
「焼き鳥の味がする。」
龍之介のいたずらめいた笑みと、最後の囁きが耳の奥によみがえる。
心臓がまだ落ち着かない。
それでも月曜日は待ってはくれず、時計の針は無情に進んでいく。
「……行かなきゃ」
小さく息を吐き、美咲はスーツに袖を通した。
鏡に映る自分の頬が、まだほんのり赤いことに気づき、思わず視線を逸らす。
会社に行けば、またいつもの一日が始まる。
けれど、その奥に昨夜の余韻が確かに息づいていることを、美咲は知っていた。
駅へ向かう道。
月曜の朝らしい人波にまぎれながら、美咲は自分だけ別の世界を歩いているような気がしていた。
あんなキス、したのはいつぶりだろう。
深く、長く。息もできないほどに抱きしめられて。
思い出すたび、胸の奥が熱く疼き、歩調がわずかに乱れる。
私、どうしてあんなに素直に受け止めてしまったんだろう。
けれど、後悔はない。
むしろ、昨夜の余韻を抱えたまま新しい一週間を迎えることが、こんなにも心を弾ませるとは思わなかった。
電車のドアが閉まる。
揺れる車内で、美咲は窓に映る自分の表情をそっと盗み見た。
そこにいたのは、昨日までの自分とは少し違う…どこか柔らかく、幸福を知っている女の顔だった。
会社に着けば、いつも通りの月曜の朝。
エレベーターに乗り込み、デスクに座り、パソコンを立ち上げる。
メールの確認、書類の整理、会議の準備……。
手はきちんと動いている。
視線も、周囲から見れば普段どおりだろう。ふと、書類をめくる手が止まる。
あの深いキス。
思い出した瞬間、喉の奥がひどく乾く。
「……集中しなきゃ」
小さくつぶやき、自分を叱咤するように画面へ視線を戻す。
森川がふと首をかしげて、美咲をまじまじと見つめた。
「……佐倉さん、なんか雰囲気が変わった気がするんですけど」
思いがけない言葉に、美咲の心臓が一瞬跳ねる。
「え? どんなふうに?」
平静を装いながら返すが、声がわずかに上ずったのを自分でも感じる。
森川は頭をかきながら、言葉を探すように間を置く。
「うまく言えないんですけど……前よりも、もっと女らしくなったというか……柔らかくなった気がして」
「そ、そうかしら」
取り繕うように微笑むが、頬の奥が熱を帯びるのを止められない。
森川はおろおろしながら、言葉を重ねた。
「い、いえっ、前がそうじゃなかったって意味じゃないんですよ!? ただ、なんというか……柔らかい雰囲気になったというか……」
そこで一拍置いて、ぽろっとこぼす。
「……可愛いな、って思うんです」
「……え? 可愛い?」
美咲は思わず椅子から半分浮きかける勢いで聞き返した。
森川は慌てて手をぶんぶん振る。
「し、失礼しました! 可愛いなんて、上司に向かって軽々しく言うことじゃないですよね! あ、でも嘘じゃないんです! 本当に、なんか可愛らしくて!」
「ちょ、ちょっと待って。可愛いって……そんな年でもないし」
美咲は苦笑しながらも、頬がほんのり熱を帯びていく。
森川はますます慌てふためき、机の上のペン立てを倒しかけた。
「ち、違うんです! 年齢とかじゃなくて……雰囲気が、ですよ! あの、なんていうか……あ、すみません、これ以上言うと墓穴掘りますよね」
美咲は思わず吹き出しそうになるのをこらえた。
「そうね……これ以上はやめておいた方がいいわね」
小さく肩を震わせながら、(でも“可愛い”なんて言われる日が来るなんて)と、心の奥でくすぐったさがじんわり広がっていた。