うちの鬼畜社長がお見合い相手で甘くて困る

1

月曜日の朝。
「地獄って月曜日に存在してたのか」と誰もが思う出社の瞬間――
その“地獄の番人”が、この会社には存在している。

「朝の報告書、10分も遅れてる。社会人失格だな」
――うん、いつも通りだ。今日も、鬼畜社長は絶好調。

小笠原 海龍(おがさわら かいりゅう)。33歳。
うちの会社の若き社長にして、容赦ない冷徹さで知られる男。
眉ひとつ動かさず、人を切り捨てるその姿に、社内では“氷の上司”なんてあだ名もついてる。

私は、平泉 凪(ひらいずみ なぎ)。28歳。
この会社に入ってもう6年目。
仕事はちゃんとこなしてるつもりだけど、あの人の前では、いつも何かが足りない気がする。

今日も、私に言われたわけではないのに、社長の言葉がちょっと強くて、一日中引きずってしまう。
自分が、少し情けない。

そんな週末。
親の強いすすめで仕方なく向かった、お見合いの席。
親の顔を立てるため。
あとで、断ればいい、そう思っていた。

「すみません、遅くなりまして」

扉を開けた男性を見て、心臓が止まるかと思った。

「……は?」

そこにいたのは――まぎれもなく、社長だった。

いやいやいや、うそでしょ!?


私は、思わず身を引いたけれど、彼の方はまったく動揺の色もなく、にこやかに席に着いた。

「小笠原 海龍です。今日はよろしくお願いします」

いやいや、知ってますよ。
毎日会ってます。

……え、でも、ちょっと待って?
社長、まさか――

気づいてないの?

「プロフィール、拝見しました。趣味が読書と紅茶って、すごく品がありますね」

にこ、と微笑まれて――なぜか、背筋がぞくっとした。

社内では見たこともない優しい顔。
言葉も穏やかで、まるで別人みたい。

(何このギャップ……いや、それより!)

「あの、小笠原さん……」

思わずそう声をかけてしまったのは、目の前の“この人”があまりにも、いつもの彼と違いすぎたからだった。

にこ、と笑って紅茶に口をつける姿。
淡く笑う表情。
信じられないくらい穏やかで、優しくて、紳士的。

……この人、本当に“うちの鬼畜社長”なんですか?

「はい? なんでしょう、平泉さん」

――やっぱり。
自分の名前を見ても、特に何も言わない。

まるで“初対面”みたいな顔をして、
私のことを「品がある」とか「趣味が素敵」とか……

普段、社内で「そんなことに時間を使う暇があるなら数字を見ろ」とか言ってくるあの人と同一人物とは、とても思えない。

(でも……社長は演技をするようなタイプじゃないし……)

じゃあ、ほんとに気づいてないの?

それとも、気づいたうえで……こんな風に、演じてる?

「……なんだか、不思議ですね」

つい、そう漏らした声に、彼が目線を向ける。
まっすぐで、どこか射抜くような黒い瞳。

「何が、ですか?」

「……こんなに優しい時間……久しぶりで」

あえて“気づいてますよ”とは言わずに、
でも少しだけ“探る”ように。

社長はふ、と口元をゆるめた。

「それは……平泉さんが、そうさせてるのかもしれませんね」

「……っ」

一瞬、柔らかな笑顔に、心臓が跳ねた。


「次は、どこか静かな場所でお会いできたら嬉しいです。……平泉さんと、もっと話してみたい」

そう言われて、私は曖昧に笑ってうなずいた。

社長――
あなた、ほんとに“気づいてない”んですか?

それとも……
私が“自分から名乗る”のを、待って楽しんでます?
< 1 / 61 >

この作品をシェア

pagetop