うちの鬼畜社長がお見合い相手で甘くて困る

7

「シートベルト、忘れずに」

ふと顔を向けた海龍の横顔に、思わず背筋が伸びた。
彼の運転する黒のベンツは、静かに夜の街を走っていく。

どこに向かっているのか、私は訊けなかった。
いや、訊けないほど――緊張していた。


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車が滑るようにホテルの車寄せに入っていく。

名前を言うまでもない。
ドアマンが一礼し、コンシェルジュが慣れた手つきで誘導する。

(えっ……このホテル、テレビで見たことある……)

どこを見てもピカピカで、息を呑むような煌びやかさ。
場違いだという自覚が、服の中からじわじわと滲み出す。

エレベーターに乗ると、彼が自然に私をエスコートして立った。
表示パネルの数字がスルスルと上がっていく。

「最上階……?」

私は小さく呟いた。
返事はなかったが、代わりに微かに口角が上がったのが見えた。


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通されたのは、まさかの個室だった。

高級感のあるダークウッドのインテリア。
一歩足を踏み入れた瞬間、窓の向こうに広がる夜景が目に飛び込んできた。

「……わぁ……」

思わず、声が漏れた。

東京の街が、宝石のようにきらめいている。
ビルの光、走る車、街灯の列――すべてが静かに美しくて、夢の中にいるようだった。

「気に入りましたか?」

ふと後ろから聞こえた低い声に、私は我に返る。

「……はい。すごく……」

まっすぐに彼を見ることができず、私は窓の外に視線を戻した。

こんな場所、自分には似合わない。
でも、今ここにいて、彼の隣にいることだけは――なぜか、とても特別に思えた。

(これって……“デート”なの?)

確かに私は、一度は断ったはず。
でも、気づけばここにいる。

そして今――
彼の視線が、静かに、私を見ている気がした。

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