うちの鬼畜社長がお見合い相手で甘くて困る

10

太陽が山の向こうへゆっくり傾いていく。
名残惜しいけれど、そろそろ帰らなくちゃ。

キャンプ場をあとにして、車を走らせる。
片側は深い森で、もう片側は渓谷――そんな山道を静かにくだっていく。

車内には、さっきまで淹れていたコーヒーの香りが、ほんのり残っていた。

沈黙も、嫌じゃなかった。
今日一日が、あまりに満ち足りていて、言葉にする必要がないような気がしていた。

でも。

「……楽しかった」

助手席から、ぽそりと低い声が落ちてくる。

「また行きたい」

一瞬、聞き間違いかと思って、そっと彼の横顔を見た。

海龍くんは前を向いたまま、表情を変えない。
でもその声は、不器用だけど、本当に嬉しかったんだって伝わってくる声だった。

胸が、きゅっとなる。

(ああ、よかった……)

この場所、この時間、私の“好き”が、彼の中にも少しだけ届いた気がした。

「……うん、また行こう」

嬉しくて、声が少し震えた。

窓の外の夕焼けが、ふたりの沈黙をやさしく包んでいた。

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