うちの鬼畜社長がお見合い相手で甘くて困る

3

月曜日。
ただでさえ憂鬱なこの日が、今日はさらに輪をかけてつらい。

理由は――昨日の、お見合い。

まさか、お見合い相手がうちの鬼畜社長だったなんて。
あんなに優しく、穏やかに、微笑んでたのに……
それが社内で、あの冷酷な目をした小笠原海龍と同一人物だなんて、まだ信じられない。

(でも、きっと社長は気づいてなかった……たぶん)

名前を言っても、平然としてた。
もし気づいてたら、あんな優しい態度、社内でも少しは見せるはずだ。

(よし、大丈夫。社長は気づいてない。ということにする)

小さく深呼吸をして、出社ゲートをくぐる。
うちの会社はそこそこ大きい。社員数もそれなりに多い。

だから、社長と日常的に顔を合わせることなんて――

「おはようございます」

「…………っ!!」

その声を聞いた瞬間、体がビクリと反応した。
まるで、背後から氷水をかけられたような感覚。

ゆっくりと顔を上げると、
黒いスーツ、切れ長の目、無表情――

目の前に、社長がいた。

(なんで!?)

よりによって今日!?
しかも、こんな朝イチに!?
……昨日のことを思い出して、鼓動が跳ね上がる。

「……お、おはようございます」

なんとか声を絞り出すと、
社長は一瞬こちらを見て――薄く笑った。

「ずいぶん早いんだな、平泉さん」

「は、はい……朝は、なるべく余裕をもって……」

「ふーん。いい心がけだ」

(…………え?)

その言い方。
なんか、やけに柔らかくなかった?
いや、たまたまだよね? 気のせい、気のせい。

視線を泳がせながら会釈をすると、社長はスタスタと歩いていった。

けれど――視線を逸らそうとしたその瞬間、
ちらりとこちらを見た社長が、手にしていた缶をひょいと放った。

「……!」

反射的に手を伸ばすと、それは冷たい缶コーヒー。
銀色のラベルに、無糖の文字が光っている。

(……缶コーヒー? なんで……)

戸惑って顔を上げたとき、社長はもうこちらを見ていなかった。
そのままエレベーターに向かって歩き出す。

心臓が、ドクンと跳ねた。

缶を握る手に力が入る。
昨夜、お見合いの席で何気なく話した言葉が脳裏によみがえる。

――「コーヒーは無糖派なんです。苦いのが、落ち着くんです」

あのとき、社長は軽く笑って、「珍しいですね」と言っていた。
まさか、覚えていたなんて。

(……やっぱり、気づいてた)

凪は、行動に移さなければと思った。
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