うちの鬼畜社長がお見合い相手で甘くて困る

4

火曜日の朝。
なんとか気持ちを落ち着けて出社したはずだった。

月曜の“空き会議室事件”が、夢だったことになっていれば――と本気で思っていたけれど。現実は、そんなに甘くなかった。

「――広報部の平泉さん、社長が呼んでます」

いきなり、そう言われたのは午前10時。

「……私、ですか?」

「ええ。社長室までお願いしますって」

(まさか……)

けれど、あくまで仕事の指示だ。
呼ばれた以上、断る理由もない。

緊張しながらドアをノックすると、あの人は相変わらず、静かに座っていた。

「失礼いたします」

「来てくれてありがとう。少し、時間もらえますか?」

そう言って差し出されたのは、企画資料。
――確かに、広報案件ではある。

「これ、今後の広報戦略について、意見をもらいたくて。
 実際に現場で担当してるあなたの視点で、聞きたい」

(……そう、ですよね。仕事ですよね。うん)

凪は必死に自分に言い聞かせながら、手元の資料に目を落とした。
けれど、社長の視線が、資料ではなく“自分”に向けられていることには、気づかないふりをした。


その翌日。

「平泉さん、少しだけ時間ありますか? この前の件で追加の確認をしたくて」

また社長室。
また“広報絡みの話”。

でも、なぜか誰もいない。
秘書さえ席を外していた。

(また……二人きり)

「この写真素材、どれがいいと思いますか?」

「えっと……この2番目のものが、ターゲット層には……」

「……ふーん、君がそう言うなら、それでいきましょう」

「え……即決で?」

「信頼してますから」

その言葉に、手が止まる。

(信頼――って、普通に言います? 社長が……?)

わかってる。
これは“仕事”だ。
でもその目も声も、昨明らかな反撃のように感じてしまう。

それとも――
ただの、思い込み?

いや、違う。
だって、打ち合わせが終わったあと。

「今日のランチ、社食は混むでしょう? よければ……一緒に外へ出ませんか」

さらっと言われたその一言に、凪の手からペンが落ちた。

(やっぱりこれ、仕事じゃない……!)
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