うちの鬼畜社長がお見合い相手で甘くて困る

5

待ち合わせ場所の北口は、人通りも少なく、秋らしいひんやりした風が吹いていた。
時計を見ると、まだ約束の時間には数分早い。

(……やっぱり、来るのやめればよかった)

そんなことを考えながら、駅前のロータリーに視線を向けたとき――

「……お待たせしました」

低く、静かな声が、耳に届く。

思わず声のほうへ顔を向けると、目に飛び込んできたのは、黒光りする大型のベンツ。
助手席のドアが、まるでタイミングを計ったかのように静かに開いた。

そして、そこに立っていたのは――
見慣れたスーツ姿ではなく、ダークネイビーのシャツに、グレイッシュなコートを羽織った、私服の社長。

(……え……)

一瞬、誰かわからなかった。
でも、その目線、仕草、そして静かに微笑む口元――

間違えようがない。

「少し早く着いたんですね。……僕の負けです」

さらっと言いながら、手を差し出してくる。

けれど、その手にどう反応していいのかわからなくて、私はただ立ち尽くすしかなかった。

「……あの、これ……なんのつもりですか」

「デート、ですよね。約束、したので」

「でも私……っ」

「ええ、断られました」

穏やかな声が、風に紛れる。
だけどその目は、笑っていなかった。

「でも、“来てくれた”。
 僕としては、それがすべてなんです」

不意に、心臓が強く鳴った。


言葉にできない何かが、喉の奥でつっかえた。

逃げられる理由も、もう残っていない。

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