私の隣にいるのが俺じゃない理由を言え、と彼は言う

10

ご飯のときの会話は、どこか懐かしくて、やさしかった。
「ほら、これも食べて」「好き嫌いは?」「あら、よく食べる子でよかった」
お母さんとおばあちゃんが次々に話しかけてくれるのが、心地よくて。
なんだか、本当に“ただいま”って言って帰ってきたような、そんな気持ちになった。

笑い声が絶えない食卓。
気づけば私、ずっと笑ってた。
こんなに自然に笑えるなんて、自分でも驚いたくらいだ。

そんなとき、お母さんがふと声をかけた。

「遥人、お父さんに挨拶してきなさい」

その言葉に、場の空気が少しだけやわらかく沈んだ。
お母さんが私の方を見て、少し寂しそうに、けれど優しく教えてくれた。

「うちの人、遥人がまだ小さい頃にね、事故で亡くなったの」

私は思わず、口をつぐんだ。
言葉が見つからなくて、ただ黙って頷くしかなかった。

すると、おばあちゃんがやさしい笑顔で私に声をかけた。

「風花さんも、手を合わせてくれるかい?」

もう、うんとしか言えなかった。
言葉はいらなかった。気持ちだけで十分だった。

私は静かに立ち上がり、野田と並んでお仏壇の前に向かった。

部屋の奥。そこには、どこか懐かしさを感じるような立派なお仏壇があった。
線香の香りと、静かな空気。

「よろしくお願いします」
小さく声に出して、手を合わせた。

横にいる野田も、目を閉じて静かに手を合わせている。

まっすぐなその姿に、心がじんとあたたかくなった。

なんだろう。
この人のこと、もっと知りたいな。もっと近くにいたいな。

そんな風に、自然に思ってしまった。
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