東雲家の御曹司は、わさびちゃんに首ったけ
第1部

プロローグ




「わさびのここに自分のソレをいれて……東雲 紀糸(しののめ きいと)は思った。“神楽(かぐら)のおっさんはろくでもないが、娘のここの具合はいいようだ”───」

 神楽 山葵(かぐら わさび)の発言に、その場いた全員が耳を疑った。


 創業は明治初期、旧公家出身の神楽家が「神楽貿易」を立ち上げ、外交と茶道具取引から財を成し、その後は不動産、茶道・美術品・文化財、百貨店、高級旅館チェーンなどを手広く展開。現代においては文化・観光系に強く、海外の美術館とのつながりや政界にも顔が利く、格式高く「財界の貴族」とも呼ばれる───神楽(かぐら)家。

 家訓は「品位と沈黙」……隠居中の現当主は文化人としても著名だ。

 かたや……

 創業は戦後、技術者出身の東雲惣一が軍需工場の残骸から「東雲重工」を創業したことから始まり、その後は軍事技術、宇宙開発、AI、バイオテクノロジーと活躍のフィールドを広げた。現代では政府とのつながりも深く、世界への影響力をも持つとされ、表と裏の両面性をあえて隠さない超巨大企業グループ───東雲(しののめ)家。

 絶対実力主義であり、血縁でも無能は追放、血も涙もない冷酷非道と名高い。

 この国を代表する財閥同士が今、すでに縁が結ばれた息子と娘の婚約について破談にすべきか否かの議論をしていた。


「わさびは初めてでした。真っ赤な血が出ました。東雲紀糸は三回も精を出しました。東雲紀糸は思いました───……“身体の相性はいいようだな”、“うるさく喘がないのもいい”、“これなら妻として最低限の義務は果たせそうだ”……」

 東雲家の当主は、横に座る息子紀糸(きいと)を冷たく睨みつけ、母はこめかみを押さえ、小さく首を横にふった。
 紀糸本人は、顔色一つ変えず微動だにせず、ただ姿勢を正しく座っているように見えたが、心の内では目の前の女が口にした内容が信じられず、絶句しているだけだった。


「東雲紀糸は、わさびが“最低限の義務を果たせる”と判断しました。よって、先ほどの理由では、東雲紀糸はわさびとの婚約をなかった事には出来ません」

 ご清聴ありがとうございました、と言わんばかりに美しい礼をして、女は静かにその場に座った。

「……ま、間違いないですな! 親としては、紀糸くんには娘の純血を散らした責任をとってもらいたいくらいだ」

 神楽家の次期当主は勝ち誇ったかのように、思ってもいないであろう言葉を吐き捨てた。



 ───カコンッ

 東雲家を嘲笑うかのように、庭の鹿威しの音が、いつもより大きく響いた。

 
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