東雲家の御曹司は、わさびちゃんに首ったけ

003 side わさび

 
 
「お(じじ)っただいま!」
 
「おかえり山葵(わさび)、今日も学校は楽しかったか?」
 
「うん! 楽しかった」
 
 嘘だ。楽しくなんかない。
 
 同級生も先生も、誰も彼もわさびの事を馬鹿にして、どこか憐れんでる。
 
 わさびはいつも、“神楽家のご令嬢”と代名詞で呼ばれる。実にダサい。二つ名みたいですごく嫌だ。
 お爺がつけてくれた“山葵(わさび)”という名前で呼ばれた事なんて、ほとんどない。
 
「わさび、勉強は楽しいか?」
 
「うん! 楽しい!」
 
 これも嘘。楽しくなんかない。答えのわかっている問題を出されても何も学べることなんてない。
 
「そうかそうか、わさびはいい子だ。高校を卒業したら、どうするか進路は決めたか? はよ決めて教えてくれんか? 爺は老い先短い。お前のことだけが心残りになりそうだよ」
 
 最近、こればかりだ。爺は死なない、死んだら駄目。
 
「ん───……お爺は、わさびに何になって欲しい?」
 
「そうだな、爺はわさびがしたい事をして、なりたいものになってもらいたい。まだ見つかっていなければ、これからゆっくり探すのもいい」
 
 したい事はない。なりたいものもない。
 探し方もわからない。
 
「わさび、何度も言うが、爺が死んでも義徳の言うことは聞かんでいいからな」
 
「うん、わさびはお爺の言う事しかきかない」
 
 あんなオッサンの言う事なんて死んでも聞くもんか。お爺以外の神楽家はみんな大嫌い。
 
「あ……わさび、やりたいことあった! お爺以外の神楽家がみんな滅べばいい」
 
「ははははっ! そりゃ困ったな、あんな馬鹿共でも爺の家族なんだぞ? 滅ぼさんでくれ。神楽家は、爺の爺の爺の代からずっと守ってきたんだ───なんなら、わさびにくれてやろうかの。義徳に渡すよりずっといいかもしれん」
 
 いらない、あんな家。
 お爺のいないあんな家、家じゃない。わさびにとっては、魔物の住処でしかない。
 
 お爺には悪いけど、わさびの家族はお爺だけ。神楽家がどうなろうと知ったこっちゃない。
 
 わさびは知ってる。神楽 義徳(あのオッサン)のせいで、お爺が守ってきたモノが全部壊れていってる。神楽家はきっともうすぐ空っぽになる。人もお金も人脈も信頼も全部、全~部。
 
 だからわさびに、東雲 紀糸と見合いしろとか言う。馬鹿な夢香は、九条 奏なんかと見合いして喜んでたけど、九条家は、兄の奏を追い越して、九条 蓮が当主になると思う。
 つまり、全部無駄。無駄、無駄、無駄、無駄!
 
「お爺、今日のお薬はちゃんと間違えずに飲んだ?」
 
「飲んだよ、わさびがいない時は看護師さんがちゃんと見届けていくからの」
 
「それならいいけど」
 
 
 ───その時だった。
 
 
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