東雲家の御曹司は、わさびちゃんに首ったけ
004 side 紀糸
「おいっ神楽!」
翌日、わさびが駅に向かうのか、病院へ向かうのかわからないため、俺は校門の横で彼女を待った。
そこに聞こえてきたのは、わさびを呼ぶ男子生徒の声。
「なんでしょうか、九条 蓮」
「お前、この前から変な男につけ回されてないか?」
変な男とは、もしかしなくても、俺の事だろうか。別に聞こうとしていたわけでは無いが、聞こえてくる二人の会話に集中する。
「そうですね、ここ二日ほど」
変な男については否定しないのか。婚約者だぞ俺は。
「その……大丈夫なのか?」
「問題ありません。話はそれだけでしょうか。では、さようなら」
わさびは誰に対してもあんな態度なのか、となぜか安堵感を覚えた。
「待てよ! お、送ろうか? うちの車で!」
きっとわさびはこう言うだろう……“知らない人の車に乗るとお爺に叱られます”
「……知らない人の車には乗りません」
少し違ったが、概ね正解したことになんだか嬉しくなる。
……と、そこでハッとする。俺は、一体どうしてしまったんだ。
喜怒哀楽のうちの怒、以外を感じた事など、久しくなかったというのに。
「知らない人って……なんだよそれ。俺はお前と同じクラスで出席番号もお前の次だぞ」
かぐら、に、くじょう、か……なぜ、3年A組にはきのつく奴がいないんだ。いるだろ、木村とか、絶対クラスに一人は。
「そうでしたね、でもそれだけです」
「……っわかったよ! 余計なお世話だったみたいだな! 気をつけろよっ!」
九条少年は引き際も良く、なかなか好感が持てる。兄とは違うらしい。
そんな事を考えていると……
「早速今日も、変な男に出くわしてしまいました……」
はじめに“げっ”という言葉でもついていそうな、わさびの呟きが聞こえた。
おまけに、その言葉を残し、彼女は俺に声もかけずに病院の方へ歩いて行く。
「おい、昨日伝えてあっただろ。車に乗れ」
「……東雲 紀糸は暇なのですか。なぜ女子高生をつけ回すのですか」
「その言い方は、誰かが聞いたら誤解を生む。俺はとても忙しいが、自分の婚約者に話があるから会いに来ているだけだ。スマホも持たず連絡が取れない相手で、大変困っている───だから、ほら。お前のだ、持ってろ」
俺は、わさび用にと急ぎ用意させたスマホを、彼女の前に差し出した。
「……」
ジッと俺の差し出したスマホを見るわさび。その後口にした言葉はまさかの……
「二つも必要ありません」
「なんだと? 昨日、持っていないと言っていただろ」
「あの後、緊急連絡用に、と別の人から渡されました」
「……」
なんだそれは、わざとかと疑いたくなるような話だが、不思議とわさびがそんなくだらない嘘をつくとも思えない。
「そうか、ならその緊急連絡用とやらの番号を教えろ」
「わかりません」
「なら、スマホを貸してみろ」
「今は持っていません、緊急用なのでお爺の部屋に置いてあります」
「……」
本当に、なんなんだこの女は……緊急用といいながら、なぜ持ち歩いていないのか。だが、そろそろこの謎かけのような会話にも、慣れてきている自分がいる。
「そうか。なら、こっちのスマホは普段の持ち歩き用として、持ってろ。肌身離さず、だ。いいな」
「よくありません」
「……」
きっと理由を聞いても、必要ない、だとかその程度の言葉しか帰ってこないのだろう。
「なら俺は毎日、こうして校門の前でお前を待つぞ、いいのか?」
「通報されるかもしれないです。どうぞお気をつけて」
「……」
駄目だ……わさびとの会話は、仕事の重要な会議よりも頭を使う気がする。
しかし気付けば、校門から出て来る生徒たちが、こちらに不信感たっぷりな視線を向けていた。このままでは、本当に通報されかねない。
「車に乗ってくれないか」
「……」
しかし、どうしても車に乗りたくないのか、わさびは道の先を指差し、俺に提案した。
「少し先に公園があります、ついて来てください。話ならそこでもできます」
「……わかった」
この寒空の下、外の公園で話をすることになってしまった。