東雲家の御曹司は、わさびちゃんに首ったけ
005 side わさび
わさびがまだ小さい頃、神楽 夢香はわさびをおもちゃにしていた。
もちろんそれは、お爺が仕事で海外に行っていたりして、長期不在の時を狙って。
わさびは、夢香のリサちゃん人形だった。
すっぽんぽんにされたまま何時間も放置されたり、おかしな服を着せられたり、口紅で眉毛をかかれたり……
髪の毛を切られることもしょっちゅうで、夢香は下手くそだから、丸坊主みたいにされたこともあった。
しかしそれも、夢香が幼い時だけ。
成長するにつれ、わさびの容姿と自分の容姿を比べては、勝手にひがんで、八つ当たりをされるようになった。
夢香は一重瞼だったが、私のようなハッキリとした二重瞼がいいと親にねだり、整形手術をしている。
私のような濃く長いまつげがいいと親にねだり、まつげエクステやパーマといったことを施し、結果今は……金にものを言わせて、育毛・増毛に頼っているみたいだ。
それでも夢香が、わさびの身体や顔に傷をつけなかったのは、つけたくてもつけられなかっただけ。
『いつか使い道があるかもしれない』
神楽 義徳がそう言って、禁止していたからだ。
そしてあの日───
お爺の病室にいたら、夏目に呼ばれた。
そしてそのまま神楽 義徳の秘書に引き渡されて、ホテルに連れていかれて、着付けをされている時に、初めて東雲の御曹司である東雲 紀糸とお見合いをするのだとわかった。
オッサンの秘書はわさびの着付けを最初から最後まで見届けた後、去り際にわさびに言った。
「今日は見合いが終わったら、この部屋に泊まってください。鍵はここに置いておきます。間違ってもこんなシングルの部屋に東雲の御曹司を連れ込んだりしないように。ま、それはありえませんね……───黙ってれば一級品なのに、本当に残念なお嬢様だ」
東雲の御曹司を連れこんだら、神楽の不利益になるのだろうか。それなら、やってみてもいいかもしれない。
着付けやヘアメイクをしてくれた女の人が、わさびをラウンジに案内してくれた。
約束の時間まで一時間以上早いというのに、わさびは置き去りにされたので、メニューを見て一杯2,000円もするオレンジジュースを頼んでやった。
運ばれてきたそのジュースは、とんでもなくフレッシュでおいしかった。でも2,000円は高すぎると思う。
ま、いいか、どうせオッサンのお金だから、と気にしないことにした。
このお見合いのお駄賃だとしてお代わりもしてしまおう。
東雲 紀糸を待つ間、暇だったので、わさびはいろんな事を考えた。
お見合いという事は、わさびはこのまま結婚させられてしまうのだろうか。
高校を卒業したら、自由になれると思っていたのに。次は東雲に飼われるのだろうか。
そんなの絶対に嫌だ。
そこで思いついたのが先日の計画だ。
でもこれは、見合い相手の東雲 紀糸がどんな男かによる。しっかり見極めなければならない。
そう思っていると、時間に遅れることもなく、その男は現れた。
ものすごく、不機嫌な顔をした男……
東雲 紀糸の最初の印象は、それだけ。