東雲家の御曹司は、わさびちゃんに首ったけ
012 side わさび
その日、わさびはシノノメ・ホースに乗り、森の方まで散歩に出ていた。
もうすぐお盆がくる。
お爺は遊びに来てくれるだろうか。お墓までお迎えに行かないと、来てはくれないだろうか───そんな事を考えながら風を受けながら駆けていく。
『おい、呼んでるぞ』
「え?」
『わさびに客みたいだ』
「わさびにお客様ですか? あ! もしかして、五郎さんでしょうか! ゼロさん、急いで戻りましょう!」
わさびはスマホや無線機いらずだ。
馬たちの伝言ゲームで、大体知らせてもらえる。
結構なスピードのまま、シノノメ・ホースとノーザンのエントランスに突っ込んだ。
「お、オーナー! なんという登場の仕方を!」
圭介が顔を青くしている。お客様の正体は、わさびの待っていた五郎さんではなかった。
「カルロではないですか───(英語)なにしているんですか」
「(英語)わさびぃー! 会いたかったよ! ようやく会えた! 大人になったね、相変わらずチャーミングだ!」
ブルルンッ
両手を広げ、わさびにハグをしようとしているカルロに、シノノメ・ホースが鼻を鳴らす。
「オーナー! お願いですから早くシノノメ・ホースから降りて、きちんとご挨拶なさってくださいっ! 東雲さんのご両親もいらっしゃってますよ」
「紀糸のご両親?」
それを早く言ってほしかった。わさびはシノノメ・ホースから降り、少し髪を整える。
「(英語)カルロは、東雲家と知り合いでしたか?」
「(英語)喜八が亡くなっただけでなく、東雲が神楽を買収したと聞いて、わさびがどうなったのか心配で心配で、東雲の当主に何度もかけ合ったんだよ。“わさびに会わせてくれ”ってな」
カルロは、お爺の友達の駐日大使……だった気がする。お爺と遊びに行くと、いつもわさびに自分のペットを自慢してくるのだ。
「(英語)わさびは元気です。心配にはおよびません」
「(英語)そのようだな、乗馬姿が様になっていて素晴らしいよ、わざわざ北海道まで来たかいがあったよ! なぁ、パオロ」
カルロは付き人に話しかけたが、付き人は表情一つ変えずに無視した。その心は、わさびを見てドキドキしているようだ。
「(英語)パオロははじめましてですね」
「……」
───返事がありません。
わさびがカルロと英語で話していると、圭介と紀糸のご両親が驚いた顔をして見ていた。
でもすぐに、紀糸のお父さんは前に会った時と同じ怖い顔をした。お母さんは少し優しい顔をした。
「ご無沙汰しています」
わさびはペコリと頭を下げた。
「ええ、久しぶり。凄く大人っぽくなったわね。すっかり大人の女性だわ」
紀糸のお母さんは、わさびの見た目が気に入ったみたいだ。髪を整えてよかった。
「……」
紀糸のお父さんは、わさびとカルロが仲良しな事に加えて、英語で話していた事が凄く不満だったみたいだ。
「カルロはお爺の古いお友達です。わさびも何度も会った事があります。お爺が亡くなって、神楽 義徳に虐められていないか、心配してくれていたそうです。あの付き人はパオロといい、初めて顔を見たので挨拶しました」
わさびは紀糸のお父さんが聞き取れなかったカルロとの会話を説明した。しかし、馬鹿にしているのか、とまた不機嫌になってしまった……難しい。
「東雲さんとわさびは、どんな関係なのか、とカルロが尋ねております」
パオロは通訳だったみたいだ。
カルロの質問に、紀糸のお父さんは迷っていた。
だから、わさびが代わりに答えることにした。
「(英語)わさびは、東雲 紀糸と結婚して家族になります」
「(英語)な! そんな! わさび! 私の孫のこのパオロと縁談をと思っとったのに! そんなっあんまりだ! 東雲は欲深すぎるぞ!」
パオロが、わさびの言葉まで日本語で訳してくれた。なんだか少しムスッとして見える。
「欲深過ぎるだなんて、そんな……」
紀糸のお父さんは困っていた。
「安心してください。紀糸のお父さん、お母さん。わさびは前に東雲の嫁にはふさわしくない、と言われたので、東雲の嫁にはなりません」
「っな!」
「え?」
わさびは笑顔でシノノメ・ホースを、撫でた。