東雲家の御曹司は、わさびちゃんに首ったけ
014 side わさび
「ノーザンの諸君! おはようございます! 今日は皆んなにドッキドキワクワクをお届けしたいと思います」
わさびは嬉しい。だから、つい気合いが入ってしまう。早く皆んなに伝えたい。
「(小声)オーナー、今朝はやけに気合い入ってますね」
「(小声)そうなんだよ、今朝は4時半からアストレイザーと遠乗りに出てたのを見たぞ」
「(小声)え、あの朝が苦手なオーナーが?!」
色々と丸聞こえだ。でも、わさびは嬉しいから気にしない。
「皆んなに新しい仲間を紹介します! 来月から社員寮の朝、晩の食事を作ってくれる、於久 五郎さんです!」
わさびは両手をキラキラさせて、皆んなの前に五郎さんを登場させた。
「……おく……ごろう……? ってまさか! あのっ?!」
「嘘っ! あの伝説の?! 於久騎手?!」
さすがはノーザン。馬好き、競馬ファンの集うここならば、五郎さんの名前を聞いただけでわかってしまうと思ったが、そのとおりだった。
「また都会からイケメンが降臨した……しかも、料理男子だなんて……拝む……」
「イケおじ! キャッ! 目の保養が増えましたね!」
「あ! だから、オーナーは今朝! ───っあ……」
そのとおり。わさびは今朝、アストレイザーに五郎さんが来る事を伝えるために、二人で遠乗りにでたのだ。
アストレイザーは凄く喜んでいた。自分のせいで五郎さんは沢山悲しい思いをしたはずだ、と……だから、元気に走れるようになった今の自分を見てもらいたい、また一緒に走りたい、と話してくれた。
「さすがはノーザンの皆さんです。そのとおり、五郎さんはその五郎さんです。でも、ここでは騎手ではなく、“五郎さん”と呼んでください」
ついに、わさびの胃袋を鷲掴みにした五郎さんが、北海道まで来てくれた。
圭介の作ってくれた契約書のおかげか、はたまた福利厚生欄に書いた“好きな時にアストレイザーへの騎乗を許可”に釣られてくれたのか。
「どうも、“五郎”です。縁あって、来月からノーザンに仲間入りする事になりました。一応、月火休みの週5日勤務ですが、自分も毎日食事は食べるので、毎日何かしら作らせてもらう事になると思います───」
───ならわさびは、その五郎’sキッチンがオープンするタイミングを見計らって寮のダイニングに座り込むしかありません。
「あと……先ほどアストレイザーに会ってきました。ノーザンの皆様、アストレイザーをあんなにも元気してくださって、本当にありがとうございます。自分は、もう二度とアストレイザーには会えないと───……っ」
ぐすっと鼻をすする音が聞こえる。ノーザンの皆んなは情に熱く、涙もろい。そして、すぐ感情移入してしまう人が多いのだ。
五郎さんは最後にアストレイザーの件の感謝とよろしくの意味を込めてノーザンの皆んなに頭を下げた。
拍手や、よろしく! などの声は上がっていたが、なんだかしんみりしたので、わさびが口を出すことにした。
「はい! せっかくなので、わさびから一言いいでしょうか───馬と共にあるノーザンは、どうしても朝は早く、晩も遅く、夏は暑く、冬は寒く、体力仕事な上に不規則になります。そんな中、食事による健康管理はとても大切です。昼の社員食堂は引き続き無料ですし、寮の食事も無料ですので、皆さん必ず1日3食きっちり食べてください! 約束ですよ!」
わさびは絶対に食べたい。だから、皆んなにも食べてもらいたい。来月からは、朝も昼も夜も美味しいご飯が待っている。
「あと、おかげさまで社員寮も満員御礼となり、入居希望も後を絶たないため、馬房同様にあと2、3棟追加で建てる予定です! 女子寮も考えています。馬にストレスがかからないように工事を組みますので、プラネタリウムの完成後になるかと思いますが、お楽しみに」
わさびが一番楽しみだ。
そのためにも、お金をもっと稼がないといけない。
「まじでここに就職してよかった……」
「えー! 女子寮住みたい! だって今の社員寮だって、めっちゃお洒落だよね? デザイナーズ? 部屋番号が歴代の競走馬の名前って本当かな? めっちゃ長いじゃん! 超ウケる! 皆んなに住所教えまくりたい」
「誰が考えてんだろうな」
「え、オーナーに決まってんじゃん!」
「ちょっと変わってるけど、美人で面白いのに頭も良くて経営者としても凄腕とか無敵だろ……もうすぐ人妻か……はぁ……」
「何のため息よ? 私、この前オーナーが英語でペラペラ会話してるの聞いちゃったよ、超カッコよかった!」
「わかる! あのおっさん、駐日大使だって噂聞いたぜ」
「えー! オーナーってそんな凄い人と知り合いなの?! ヤバっ……」
「「「「一生ついて行こう」」」」
───うん、全部聞こえます。今日もノーザンは平和です。