東雲家の御曹司は、わさびちゃんに首ったけ
015 side 紀糸
「本当に、東雲 山葵って書いてあります!」
無事に9月1日を迎え、俺とわさびは夫婦になった。
区役所で婚姻届けが受理され、そのまま戸籍謄本を取得したわさびは、自分の名前を見て驚いている。
───俺の嫁が可愛い……抱きしめたい……肩に乗せて歩きたい。
「そうだ。俺達はもう夫婦だぞ。よろしくな、俺の奥さん」
「奥さん……つまり、紀糸は旦那さんですか? ……わさびの旦那さん……紀糸はわさびの旦那さん……わさびは紀糸の奥さん」
ぶつぶつ言いながら、何となく嬉しそうな表情を見せるわさびに、俺の我慢も限界だった。
「わさびっ」
俺は車の中にわさびを連れ込み、ギュッと抱きしめる。
「紀糸、夫婦になって初めてのキスをしてください」
「そのつもりだ。目……とじろ」
わさびの唇を指でなぞり、顎を引き寄せた。柔らかな彼女の唇が、俺のそれに重なる。
その後ゆっくりと唇を離し、わさびの表情を見れば、恍惚としてなんとも妖艶な顔をしており、たまらず再び口付けた。
隙間から割入るように舌を忍ばせ、彼女の舌を絡めとる。
「っ……ん」
漏れ聞こえたわさびの甘い声に、スイッチが入り、止まらなくなる。
「わさび……ホテル、行くか?」
きっとわさびも行くと言うだろう。婚姻届けを提出してすぐホテルとは、我ながらどうかと思うが、これも思い出だろう。
なんて、思っていたのだが、俺の妻から帰ってきた言葉は……
「行きません」
───あれ……?
「まずはお爺のお墓に行って、報告が先です」
「そ、そうだな。もちろんそうだ」
わさびに両頬を摘ままれる。
「……その後に、紀糸のマンションでゆっくり、したいです」
「……そうだな」
……俺の妻の方が一枚上手だった。
とはいえ、墓参りの後にはお互いに先ほどの熱も冷めていたため、そのまま海岸線をドライブした。
結婚指輪はいつどのタイミングではめようか、と考えていると、わさびも同じことを考えていたようだ。
「指輪はいつからつけるのですか? 結婚式ですか?」
「いや、俺としては、すぐにでもわさびを俺の妻として周知したい所だ。今日からがいいと思ってる」
色々考えていると、俺はあることを思いだした。
「わさび、少し寄り道するぞ。あと、しばらく俺の頭の中は覗いたら駄目だ」
「はい、わかりました」
向かったのはいつぞやの競馬場。
俺は企業スポンサーとしての名をフル活用し、さらには金に物を言わせて、通常は当日受付は無理な所を、無理やりにあることを取り付けた。
「よし、わさび。あっちのメインモニターを見ろ」
「わ! “KITO♡WASABI HAPPY WEDDING杯”って書いてあります! わさびたちのレースですか!」
俺は急遽、思い出の競馬場で冠レースを用意した。優勝馬には引退後にノーザンへの入居チケットを用意すると伝えてある。
今日のレースもまた、俺達にとって思い出深いものとなるだろう。
「よし、わさび、パドックで前みたいに出場馬達に気合い入れをしてやれ。ノーザンへのチケットがいかに幸せかを説くんだ」
「わかりました!」
わさびはいつぞやのように、パドックで叫んだ。そしてやはり今回も、周囲の人々から笑われたが、今日は気にもならなかった。
なぜならば俺はこれから、もっと恥ずかしいことを計画しているからだ。
心なしか、馬たちがわさびに注目している。俺の目にも馬たちの顔つきが変わったように見えるのは、気のせいだろうか。
その後行われた、“KITO♡WASABI HAPPY WEDDING杯”のレースでは、それぞれの馬がかつてない走りを見せ、番狂わせの大盛り上がりとなった。
レース後、俺とわさびは特別に一着馬に花冠を贈呈し、ついでに俺はその場でわさびと指輪の交換をした。
そしてその様子は、意図せず翌日の競馬新聞の一面を飾ることとなる……