東雲家の御曹司は、わさびちゃんに首ったけ

016 side わさび

 
 
「オーナー、結婚おめでとうございます」
 
「ありがとうございます」
 
 朝から、何十人に言われただろうか。そろそろ、お礼を言い返すのが面倒になってきた。
 
 わさびは、白いTシャツの前と後ろに油性マジックで“ありがとうございます”と“thank you”と書いて、それを着て数日歩くことにした。
 
 そうしたら、ノーザンの皆んなは察してくれたのか、笑って終わりしてくれるようになった。
 
 そして、すこし周囲が静かになったかと思えば、紀糸にウェディングプランナーさんを紹介されて、わさびは衣装選びを命じられた。
 衣装選びは紀糸が絶対に同席すると言って譲らないので、週末はしばらくそれで潰れそうだ。
 北海道で探すと言ったら、プランナーさんと紀糸と、なぜか杏奈ちゃんに叱られた。
 
 そしてわさびは金曜日から東京へ通う日々。
 ウエディングドレスの次はカラードレス二着、その次は白無垢に打掛に嫁振袖なるもの。

 当日着ない衣装は前撮りで撮影し、当日会場に飾ったり映像として巨大パネルで流すのだと言う。
 一体どこの誰がわさびがモデルの花嫁衣装展など見たいと思うのだろうか。
 わさびなら、他人の嫁さんの自己満写真なんて興味はない。しいて言えば、お爺は喜んでくれたかもしれないが、もうお爺はこの世にいないので、わさびの花嫁姿は見てもらえない。

  
 そして、あっという間に月日は流れていく。
 
 プラネタリウムの建物が完成し、スタッフの増員と、キラさんとの打ち合わせと、わさびも大忙しだった。でも、どれも妥協できないものなので、頑張った。
 
 紀糸も入籍後に旧神楽と付き合いのあった企業と提携して何か始めたらしく、それで忙しそうにしていた。
 それでも、必ず金曜日の夜の最終便までには飛行機に飛び乗り、ノーザンまで通ってくれている。

 わさびも紀糸も疲れて、そのまま寝るだけの週末を過ごすことも何度もあったが、それだけでも幸せだった。紀糸がいる。それだけで、わさびは嬉しくて、心がほんわかした。
 紀糸の頭の中も、わさびと同じ気持ちで、余計に嬉しい。
 
 でも……
 どうやら、わさびと紀糸は“週末婚”という夫婦のカタチらしく、紀糸の愛のチカラがなせる状況だ、と皆んなが口をそろえて言うのだ。
 

「紀糸、週末婚は嫌ですか? 大変ですか?」
 
 とある金曜日、紀糸とお風呂に入っている時に、ふと、そんなことを聞いてみた。
 
「いや、お互いに忙しい俺達にはちょうどいいんじゃないか? まぁ、衣装選びの時みたいに、たまにわさびが俺のマンションに来てくれると嬉しいけどな」
 
「そうですか……」
 
「自分の家のドアを開けた時、“おかえりなさい”って嬉しそうに名前を呼ばれると、それだけで疲れが吹っ飛ぶ」
 
 それを聞いて、わさびは決めた。
 
「紀糸、来週はわさびがそっちに行きます。順番こにしましょう」
 
 わさびも紀糸の疲れを吹っ飛ばしてあげたい。“おかえりなさい”くらい、いくらでも言ってあげたい。
 
「いや、無理するな。わさびの事だから“あ、忘れてました”とか言って、金曜日の夜に会えないことになりそうだ。それは寂しいからな」
 
 ───そんなことはっ! ……いいえ、十分ありえます……
 
「気にするなわさび、俺は無理はしてない───むしろ今の生活も気に入ってる。仕事を早く片付ければ、それだけ早くここに来て、愛する妻に早く会える。その安心感ですごく満たされてるんだ」
 
 紀糸はわさびの身体をギュッとして、チュッチュッと身体のあちこちにキスを落としていく。
 
「それにな、ワサビがここでのびのび生活してくれていると思うと、東京にいても安心できるんだ」
 
 最後に、チュッと口にキスをした。
 
「……わかりました。わさびはどこにも行きません。わさびの家は紀糸のいる場所です。紀糸の家もわさびのいる場所です」
 
「そういう事だ……わさび、おいで」
 
 紀糸はわさびの身体を抱き上げ、向きを変えた。紀糸の上に跨りギュッと抱き着く。しかし、わさびは気付いてしまった。なぜか元気になっている紀糸のソレが、わさびのお股との間に挟まれている。 
 
「でも、お前の気持ちは嬉しかった───俺の妻はなんて夫想いなんだろうな、皆んなに自慢したくなる」
 
 暖かいお湯の中でゆらゆらと抱っこされ、なんだか眠くなってしまう。
 でも、どうしても、わさびのお股の下にいるソレが気になる。
  
「紀糸見てください、わさびのお股から何か生えてるみたいです」
 
「……」
 
 紀糸は、ガクッと頭を下に落とした。
 
 
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