東雲家の御曹司は、わさびちゃんに首ったけ
017 side 紀糸 【完】
そしてついに迎えた東雲家の結婚式当日。
招待客350名の大規模な結婚式が盛大に執り行われた。
わさびの希望により、神楽家からはお爺の遺影のみが出席となった。その隣には樋浦氏。
新婦側の親族卓はその2名となったため、最終的に東雲家親族卓と同じにされた。
しかし、そんなことは誰も気にはしてはいなかった。なぜなら、新婦側の招待客のほとんどが賓客ばかりで、東雲の来賓をしのぐ顔ぶれだったからである。
それだけの賓客ばかりにも関わらず、招待状の回収率も出席率もほぼ100パーセントだ。
東雲家一同、準備の段階からすでにわさびの顔の広さに、驚かされるばかりであった。
挙式披露宴では、終始虚無の眼だったわさび。
しかし、わさびの出席者への挨拶が独特すぎて、誰もそんな事を気にしている暇などなかった。
国内外の大物アーティスト、大物演歌歌手、画家、小説家、政治家、大臣、大使、梨園関係者などと、まるで仲のいい友達のように接しているのだ。
おまけに、その国の言葉を流暢に話していたのである。英語、ドイツ語、中国語、韓国語、一体何か国語だっただろうか。俺すら聞き取れない言語もあった。
さらには、招待客の中には、主役であるわさびを無理に引き留め、何やら難しい相談事をしていたり、俺達が聞いてはいけないような機密ではないかと思われる相談までしていたのだ。
「紀糸、お前の奥さん、一体何者なんだ……」
「東雲家にとんでもない嫁が来たもんだ……」
「東雲家は世界征服でもするつもりなのか?」
東雲側の列席者からはそんな言葉ばかりが聞こえてきていた。
そんなわけで、終始わさびは大変そうだった。
お爺の顔の広さにも驚かされるが、その顔をまるごと引き継いでいるわさびにはもっと驚かされた結婚式となった。
しかしこれで、俺の両親も東雲の一族達も、二度とわさびをさげすむことはないだろう。
それだけでもこの結婚式には意味があったように思う。
「疲れました。二度と結婚式なんてしたくありません」
パニエを脱いだだけで未だウエディングドレス姿のわさびは、ベッドに背面からダイブした。
式場がホテルだったため、俺達は特別にブライズルームからそのままロイヤルスイートに移動したのだ。
「安心しろ、あんな顔ぶれが一堂に揃う事なんて二度とありえないからな……お疲れ、わさび。よく頑張ったな」
俺はわさびが部屋に入るなり脱ぎ捨てたヒールの高い靴を拾い、揃える。そして、自分もタキシードのジャケットを脱ぎ、ハンガーにかけた。
「ご褒美ください、旦那様」
俺の可愛いく美しい花嫁が、仰向けに寝転がったまま、こちらに向かって両手を広げている。
「なんて大胆な花嫁なんだろうか」
「紀糸が思ったから、わさびはこのままお部屋に来たんです───“ウエディングドレスのまましたい”って」
確かに思った。ブライズルームで着替えるわさびを見て、ドレス下着で盛り上がる胸を見て、はしたなくも俺はそのドレスを脱がしたいと思った。
「そうか、なら据え膳頂くとしようか」
俺はベッドの上の花嫁に覆いかぶさり、キスをした。ドレスの胸元を引き下ろし、スカートの中に手を入れ、太ももをあらわにする。
そこで一旦手を止め、膝立ちのまま身体を起こし、距離を取って上からわさびを見下ろした。
「───っ……視覚の暴力だ……」
無垢な花嫁が俺の手であちこち乱され、なんともエロティックだ。
「何してるんですか? わさび、自分で脱いじゃいますよ?」
「せっかちだな、少しくらい男のロマンに付き合え」
「……」
可能ならばこのまま写真に残したいくらいに素晴らしい光景だが、目に焼き付けておくだけにする。
「では、わさびも花婿を乱して楽しむとします」
「え───」
そんな言葉が聞こえた直後、わさびが俺を押し倒し、タイやらなにやらを乱暴に外し始めた。
ふんっと気合を入れて、シャツのボタンを力づくで弾き飛ばし、ベルトを外し、セットされた髪をわしゃわしゃと乱していく。
「……わさび?」
「なるほど、これは絶景です……」
わさびはおかしな扉を開いたかのような、ギラギラした目をしている。
これはいかん、と思い、俺は再び形勢逆転を狙い花嫁の隙をついて押し倒す。
そのまま、俺達は避妊をせずに何度も愛し合った。
事後、自分たちで化粧を落とすのも整髪料を落とすのもとても大変だった。
ブライズルームで美容師にやってもらうんだった、と二人で後悔を口にしながら、わしゃわしゃと何度も泡立てたのだった。