東雲家の御曹司は、わさびちゃんに首ったけ
002 side 紀糸 プロローグ後
「どういうつもりだ! よりにもよってあんなっあんな娘とっ!」
「……」
「紀糸、おかしな薬でも盛られたんじゃない?」
話し合いが終わり全員で東雲の屋敷へと戻ると、両親は沈黙を破ってここぞとばかりに俺を攻め立てた。まぁ、当然と言えば当然だろう。
神楽なんぞに形勢逆転を許し、結果的に俺は東雲の顔に泥を塗ったのだ。
「紀糸、どういうつもりだったんだ?」
両親よりは若干冷静に、中立な立場から晴人が俺に尋ねた。
「俺はあの日、自分の見合い相手と寝ただけだ。その後、話を進めると言ったはずだ。間違ったことはしていない」
そうだ、俺は別に何も悪い事をしたわけでは無い。わさびが口にした部分だけが、少々まずかっただけだ。
「……だからって、まっさらな高校生だとわかって寝たのか?」
「まっさらなだなんて知るわけないだろ。俺をいきなり部屋に連れ込んで、着物を脱ぎだしたかと思えば、自分は成人している、子供ではない、誘惑します、と裸で言われたんだ、合法だ───……それから母さん、俺はあの日、彼女の前で何も口にしていない」
おかしな薬を盛られたという線はない。
「っならば、どうしてそれをあの場で言わなかった! ホテルに部屋を取っていた時点で、完全に誰かに言われてやらされていたに違いないだろ!」
それもそうだ、俺は何故あの場で事実を口にしなかったのだろうか。わさびのあの言葉だけを聞けば、俺はとんだ下衆野郎だ。
しかし……
「あの場で、彼女を辱める必要があったとは思えない」
状況がどうであったにしろ、俺が彼女の初めてを散らしたことには変わりはない。
それに……あの一家と弁護士までもがわさびに向ける、馬鹿にしたような目がなんだか気に食わなかった。
「親に言われたとはいえ、あの子はお前を陥れたも同然なんだぞ! お前は騙されたんだ! 神楽なんぞの……っ妾腹の娘に!」
「……生まれについてはあの子のせいではないからどうとは言わないけれど、正妻の娘さんよりも容姿の整っている子だったわね。紀糸はあんな女性が好みなの? 探しておいてあげるわ」
「何を探しておくおつもりですか」
両親は神楽家もわさびも、そのすべてが憎いようだ。それほどに今日の事は屈辱だったのだろう。
「何って、あなたの次の見合い相手よ」
「母さんこそ、何を言っているんですか。俺はあの場で提案したではないですか。ですよね、大路弁護士」
「……はい、確かに紀糸さんは“婚約関係は継続する。但し、実際に結婚するかはまた別の話”とおっしゃいました。その方向で両家合意し、本日の話し合いは終了しております」
わさびはまだ18歳だ。適当な年齢になるまで、俺と婚約をしていれば、あの正妻の娘が口にしたように九条や他の家と再度見合いをして、身体を差し出すようなことにはならないだろう。
それが俺に出来る、せめてもの彼女への罪滅ぼしだ。
「あんな娘、無視してお前は次を探せ! もうすぐ30だろう」
「俺にこれ以上の醜聞をつくれと?」
両親の怒りが落ち着くまでは、これ以上の話し合いは無駄だ。
俺は晴人を残して、席を立ち、自分のマンションへ戻った。