陽だまりのエール
金曜日の夜だというのに、私、仙崎(せんざき)(つむぎ)は、帰宅してからも仕事に追われている。
新卒で、国内でも中堅どころのおもちゃメーカーに入社して、今年で七年目の二十九歳。
自慢じゃないけど、家に仕事を持ち帰るなんて初めてだ。
大学時代の就活で失敗して、第一希望の業種の会社に就職できず、今の会社に就職した。
その上、配属も希望とはかけ離れていた。
長いこと転属願いを出し続け、二年前なんとか商品企画部への異動が叶ったものの、『商品を創る』ことができているかといったらそうではない。
ごく普通の事務職だし、私に任せられる仕事なんてたかが知れてる、
仕事に特段のやりがいもないし、業量的にも就業時間内で十分片付く。
それに、私自身、オンオフはしっかり分けたい主義。
ぶっちゃけて言えば、私が働く理由なんて、生きるために仕方がないから、その程度だった。
ところが今年度初め、うちの会社がヨーロッパの老舗メーカーとの業務提携に漕ぎつけたことで、私の仕事観がちょっぴり変化した。
提携第一弾として、全世界のマーケットを想定した商品を開発するという、十年に一度あるかないかのビッグプロジェクトが発足したのだ。
プロジェクトメンバーは、全社員対象の公募制。
なんだか夢のあるプロジェクトで面白そうだし、私にもチャンスあるかも……なんて、ダメ元で応募したら、なんと選出されてしまった。
倍率にしておよそ二十五倍という狭き門だったそうで、決して仕事人間ではない私も、稀に見る名誉に高揚した。
つまり今、入社以来初めてと言っていいくらい張り切っているのだ。
先日、オンラインで日欧合同ミーティングが行われて、私は日本を含むアジア各国の市場調査担当になった。
楽勝かと思いきや、ネットで調べるだけでは不十分だと言われ、今週一週間外出しまくって、アジア各国の経済、国民の日常、はたまた文化に詳しい大学教授に話を聞きに行ったり、大使館に出向いたりした。
そこで手に入れたパンフレットや教えてもらった文献等、膨大な資料が今、リビングのテーブルを埋め尽くしている。
これらを元に、ミーティングでプレゼンしなきゃいけないのだけど、問題はほとんどが英語で書かれていること。
翻訳アプリに頼ったら、意味不明でちんぷんかんぷんな和訳になってしまい、自力で訳さざるを得なかった。
だけどオフィスでは他の仕事もあるし、集中して取り掛かれないので、家に持ち帰ることにしたのだ。
とは言え、英書購読なんて大学の卒論以来だ。
もともと英語は得意じゃないし、なかなか進まない。
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