御曹司との交際0日婚なんて、聞いてません!──10年の恋に疲れた私が、突然プロポーズされました

第6章 千尋の元カレ

夕暮れのオフィス街。

出張帰りの私は、いつものように早足で駅へ向かっていた。

「……千尋。」

懐かしすぎて、鼓膜が震えた気がした。

一瞬、足が止まる。背筋にぞわっとした感覚。

振り返ると、そこにいたのは――悠太だった。

「千尋、無視するのか?」

そう言って、彼が私の腕をそっと掴む。

「悠太……」

10年付き合って、結婚だけはしてくれなかった人。

泣いて、泣いて、最後は私から手を離した――あの人。

「偶然だな。こんなとこで会うなんて。」

彼は変わらない笑顔を浮かべていた。

でも私の中の何かが、もう前と違っていた。

「……元気そうだね。」

精一杯、平静を装って答えた私。

でも、心はざわついていた。

「千尋も、元気そうでよかった。」

そう言って微笑む悠太の顔は、昔と何ひとつ変わらなかった。

いや、少しだけ大人びたような――でも私の記憶にあるままの、優しい笑顔。

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