カンペキ王子は、少々独占欲強めです。

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プロローグ

あの日。
世界が終わったのだと、本気で思った。

矢田花乃(やだ はなの)が十歳の夏、不慮の事故で両親を亡くした。
突然の別れは、残酷すぎて、現実とは思えなかった。

学校の誰もが、遠巻きに花乃を見た。
「かわいそうに」
「大変だったね」
そう言う声は、まるで上滑りする風のようで、心のどこにも届かなかった。

ぽっかりと空いた心の穴は、何をしても埋まらなかった。
だから、教室でひとりきりになると、こっそり泣いた。
涙は止まらなかった。誰にも、見られたくなかった。

……だけど、その日は違った。

「……矢田さん」

静かに開いた教室のドア。
声をかけてきたのは、クラスでも有名な優等生

湯田中 陸(ゆたなか りく)だった。

泣き顔を見られた。恥ずかしさに、思わず顔を背けた花乃に、陸は静かに近づいてきた。
そして、教壇の前にしゃがみ込み、まっすぐに花乃の目を見つめて言った。

「大丈夫。僕が一生一緒にいるから、安心してね。
花乃ちゃんのこと、ずっと想ってるから」

――“ずっと”。
その時は、どう受け止めたらいいのかわからなかった。
ただ、名前を呼ばれたこと。まっすぐにそう言われたことが、心にひっそりと残った。

それからまもなく、花乃は叔母に引き取られ、町を離れた。
あの言葉も、彼の顔も、時間とともに薄れていった。
もう二度と会うことはない。そう思っていた――のに。

五年後。
県内屈指の進学校に合格した花乃は、入学初日を迎えた。

配られたクラス表。そこに並ぶ、見覚えのある名前。
「湯田中……陸……?」

そして、教室の扉を開いた瞬間。
席に座っていた少年が、すっと立ち上がる。

変わらない、けれどもどこか大人びた瞳で、まっすぐこちらを見て微笑んだ。

「久しぶりだね、花乃ちゃん。約束、覚えてる?」

心臓が跳ねるように鳴った。

――これは、少々独占欲強めな“完璧な王子様”との、再会からはじまる、ひとつの恋の話。




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