カンペキ王子は、少々独占欲強めです。

15

大学の講義室。
少し古びた木の机と、擦れた椅子の並ぶその空間に、花乃は静かに座っていた。

目の前の黒板には、桜井先生の板書が丁寧に並び、
先生の落ち着いた声が、静かに教室を包む。

「――ここで大切なのは、“伝える覚悟”と“受け取る勇気”です。
人は言葉でしか、思いを伝えられません。曖昧なままでは、いつか崩れます」

その言葉が、ふいに胸に刺さる。

(……私、ちゃんと向き合ってたのかな。和樹とも、自分の気持ちとも)

ノートにペンを走らせながらも、指先が何度か止まった。

講義が終わる頃、ふと視線を感じて扉の方を見ると、
そこには――陸の姿があった。

(え……なんで……)

遠い学部棟。普段ならわざわざ来ない場所。
教室の扉の前で、彼は静かに手を振る。

「なんか……恥ずかしい」

そんな風に頬を染めながら、教科書をまとめた。

「まじめに聞いてた?」

「……当たり前でしょ。桜井先生の授業、好きだもん」

教室の外に出ると、陸は変わらず優しい笑みで迎えてくれる。

「なんかさ、遠くから見てるだけにしようと思ってたのに、気づいたら足が向いてた」

「……わざわざ来なくていいのに」

「うん。でも、……だめ?」

その一言に、胸がぎゅっとなる。

(だめじゃない。むしろ……嬉しいのに)

でも――

「……もうちょっとだけ、一人で考えたいの」

花乃の声は、ほんの少しだけ震えていた。

陸はそれを受け止めるように、頷いた。

「わかった。焦らない。……顔が見れてよかった」

ぽん、と軽く頭を撫でるように触れて、陸はそれ以上何も言わなかった。

陸が歩き去る背を見送った後、陸とのくすぐったい会話で思うこと。それは、

(和樹は……なんだったんだろう)

彼女の中に、まだ残る気配。

優しかった手。
些細な言葉で浮かれた自分。
そして、知らず知らずのうちに、見えない影になっていた存在。

(……本当に、ちゃんと好きだったのかな。
それとも、寂しさを埋めたくて付き合ってたのかな)

自分の心の整理は、まだ途中だった。

――でも、ちゃんと向き合おう。
自分にも、これからの誰かにも。

そのための時間が、今は必要だった。

< 51 / 115 >

この作品をシェア

pagetop