売られた令嬢、冷たい旦那様に溺愛されてます

第5章 “好き”があふれる前に

そして私はふと、幼い頃の記憶を思い出した。

母が生きていた頃、嫁入り道具としてベッドカバーに刺繍を施していた姿――

それは、あたたかな光の中で針を動かす、穏やかな母の後ろ姿だった。

「刺繍したベッドカバーはね、花嫁が夫に贈る愛の証なのよ。」

そう言っていた母の声。

叔父も、あれは立派な嫁入り道具だと誇らしげに話していた。

――なら、私も。

愛する人のために、心を込めた贈り物を。

「クライブのために、作ろう。」

私は使用人に、新しいベッドカバーと刺繍糸を頼んだ。

届けられたのは、上質なコットンのベッドカバーと、繊細な光沢を持つ糸。

さすがは公爵家……思わず指先で素材を確かめる。

そっと刺繍枠をはめて、私は針を刺し始めた。

この地方に古くから伝わる伝統模様。

一針ごとに、クライブへの想いを込めて。

眠る夜に、ふたりの肌を包むこの布が、ぬくもりと愛の象徴となりますように。
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