蒼銀の花嫁 〜捨てられ姫は神獣の番〜
第6章
第1話「約束の地と、決戦の夜明け」
王都に近い山あいの峠に、冷たい風が吹き抜ける。
重々しい雲が空を覆い、まるで世界が静かに息を潜めているかのようだった。
その峠を見下ろす小高い丘に、セレナはひとり立っていた。
戦装束に身を包んだ彼女の姿は、これまでの優美な王妃とはまた違う凛とした気配を漂わせている。
けれど、その瞳にはまだかすかな迷いが残っていた。
(これが、本当に正しい未来へ続く道なのかしら……)
彼女の足元には、草が朝露に濡れてしっとりと光っていた。
けれど、その柔らかな美しささえ、今は切ないものに見える。
風が、彼女の髪を揺らした。
静かに手を伸ばし、胸元の銀のペンダントに触れる。それは、アグレイスから贈られたもの。彼の存在を、心に近く感じられるようにと。
——戦が近い。
王国の東境に位置するオルフェン領が、ついに反旗を翻した。
長きにわたる緊張は、ついに臨界点を超えたのだ。
それはただの地方貴族の反乱ではなかった。
セレナにとっては、過去の亡霊が蘇るような出来事でもあった。
(あのとき、母が倒れたのも……オルフェンの圧力が一因だった)
怒りではない。ただ、やりきれない哀しみが胸にあった。
けれどそれでも、今この場に立っているのは、自分自身の意志だ。
そこへ、馬の蹄の音が近づいてくる。
振り返ると、アグレイスが風を裂くように駆けてきた。彼の黒髪が風に揺れ、その瞳にはまっすぐな光が宿っていた。
「セレナ!」
馬から飛び降りた彼は、迷わず彼女のもとへ歩み寄る。
その手が彼女の肩に触れたとき、セレナはようやく、深く息を吐き出した。