蒼銀の花嫁 〜捨てられ姫は神獣の番〜

第4話「月下の囁きと、隠された鍵」




 王都ルメイアを覆う夜の帳は、どこかいつもより重たかった。
 風の音すら遠ざかり、街路樹の葉が静かに揺れるだけの夜。
 王宮の高塔に佇む影は、その静けさを切り裂くように、じっと月を見つめていた。


 「……銀月の巫女が目覚めたか。封じたはずの記憶とともに」


 黒衣の男の声は、低く、冷たく響く。
 その手に握られた古びた文書の断片には、古代文字が複雑に刻まれていた。
 内容はもはや失われたとされていた、“始まりの血”に関する禁断の記録――。

 彼の背後に現れたのは、異国風の装束に身を包んだ女性。
 その目には奇妙な色が浮かび、まるで他人の感情を読み取るかのような鋭さを放っていた。


 「王妃殿下の覚醒は、予定より早すぎます。
 アグレイスの影響でしょうか」

 「……それもある。だが、本当の要因は“血の呼応”だ。
 彼女の存在が、もう一つの封印を揺るがせている」


 黒衣の男は、塔の窓から遠くを見下ろす。
 その先には、王宮の南区画――“封印の間”がある。

 月明かりの下で、誰にも知られぬまま、何かが軋みはじめていた。


 一方そのころ、セレナは王宮の書庫の奥で、ひとり静かに書物をめくっていた。

 膨大な文献の山。そのほとんどは政治、歴史、儀礼に関するもの。
 けれど彼女が探しているのは、そうした“表”の知識ではない。


 (私は、自分の力の源を知らなければならない。でなければ、また……怖くなる)


 書庫には、ごく一部の者しか入ることができない“閉架区域”が存在していた。
 その奥、魔術師団にしか閲覧を許されていない扉――


 「ここが、“封印指定文書”……」


 静かに扉に触れる。すると、セレナの手から放たれた微細な魔力に反応し、扉の紋章が青白く光を放った。

 開くはずのない扉が――音もなく、開く。

 それは、彼女の中に眠る“何か”が、扉の鍵と同じ波長を持っていたからだった。



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