蒼銀の花嫁 〜捨てられ姫は神獣の番〜
第5話「リディアの孤独と、選ばれなかった涙」
月明かりが差し込む離宮の一室。
白磁のように整ったドレス姿で、リディアは静かに佇んでいた。
傍らには、ひと束の手紙。
セレナ宛てに、国中から届き始めた祝福と感謝の言葉の写しだ。
(……この数、ほんの一月でこんなにも)
無言で目を通しながら、胸の奥で、何かが軋むような感覚がした。
あの日――
父に「神獣の番として、セレナを迎える」と宣言されたときの記憶が、胸に刺さる。
「まさか、セレナが……?」
最初は、ただ驚いた。
自分の方が年長で、宮中教育も修めていた。
幼い頃から、“王の隣に立つ者”として育てられてきたはずだったのに。
(なのに、気づけば……私は“選ばれなかった”)
静かに、髪を撫でる。
侍女たちが心を込めて整えた髪飾りが、やけに冷たく感じられた。
その日、リディアは庭園へ出た。
人気のない白薔薇のアーチをくぐりながら、ふと思い出すのは――妹と過ごした子供時代。
病弱で、外で遊べなかったセレナのために、物語を読み聞かせたこと。
小さな手を引いて、花を摘みに行ったこと。
(あの子はいつも、わたしの後ろを歩いていた)
それが、今や――
(……わたしは、いつから“置いていかれた”のかしら)
リディアの足が止まる。
ひとひら、白い花弁が風に舞って頬に触れた。
まるで、それが涙の代わりのように、儚く消えていった。
その夜、晩餐を終えた父王がふと漏らした。
「リディア。セレナは、よく務めている。お前も見守ってやってくれ」
「……ええ、もちろんですわ。あの子は優しく、誠実ですもの」
その場では、微笑みを保って応じた。
けれど、心の中は静かに、しんしんと冷えていた。
(見守る側。……それが、わたしの役目なの?)