そのままのきみがすき
5、自覚
 ── それ以来、私たちは他人には見せない時間の共有者になった。


 「ご提案いただいたFlashを使用した動く仕掛け、上層部の方からも予算内で収まるならぜひに、と許可がおりました」

 「ありがとうございます。では次回の打ち合わせまでに、Flashムービーを組み込んだ第二校をご用意しますね」

 「よろしくお願いします。それからこちらは── 、」

 初めて一緒に屋上で過ごしてからの最初の打ち合わせでこそ、何事もなかったように取り澄ましたお互いに吹き出してしまったけれど、以降、仕事では変わらずオンモードの私たち。

 だけど、土曜の夕方はお互い気負わないオフモードの姿でスーパーへ行き、屋上で缶ビール片手に他愛のない会話を交わす。誰も知らない、二人だけの時間。そんな穏やかな時間を積み重ねていくうちに、それが私の息抜きにもなっていると気づいたのは何回目の屋上だったか。


 「父親が転勤族で、小さい頃から引越しと転校の繰り返しでね。笑顔と敬語は、新しい環境に馴染み過ぎないための、オレなりの防御策だったんです」


 ── 十月も下旬になり、屋上から見えるイチョウ並木が完全に黄金色にお色直しを終えた頃。

 私は真山さんの、〝微笑みの王子〟の原点を知った。いつものように同じ方向を向くイスに座り、缶ビール片手に暮れていく空を眺めながら、出身の話をしていた時だった。

 小学生時代、真山少年はせっかく親友と呼べるくらい仲良くなれた友達とも、父親の転勤により一、二年でお別れを余儀なくされた。手紙書くよ!なんて言ってくれた友達とも、せいぜい二、三通のやり取りののち、疎遠になってしまう。

 そんな経験を何度か繰り返し傷ついた彼は、その環境に馴染み過ぎない、という選択をした。その環境に馴染み過ぎれば、別れが辛くなるから。だから人当たりの良い笑顔で適度に馴染み、敬語で適度にバリアーを張ることにした。
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