そのままのきみがすき
8、秋風のようなside真山
 椿さんのことは、仕事で関わるようになる前から知っていた。

 たまにエントランスですれ違えばこんな風体のオレにもきちんと挨拶してくれる、同じマンションの住人。

 いつ会っても気の抜けたダボっとしたサイズの服に大きなセルフレームメガネ姿の彼女は、おでこが全開だからか、どこかあどけない印象だった。だけど、向けられる声は秋風のように澄んでいて心地よい。

 生活圏が同じだと当然コンビニやスーパーで見かけることもあって、彼女が「お願いします」や「ありがとうございます」と、店員にもちゃんと挨拶をする人なのだと知った。

 レジ打ちにまだ慣れず、「お待たせして大変申し訳ありません……!」ととても恐縮して彼女のレジに取り掛かった研修中のプレートをつけた女の子に、「全然大丈夫ですよ、ゆっくりで」とふわり笑った椿さんはもう、最初から好印象でしかなかった。

 だけど仕事で対面した彼女は、〝クールビューティー〟の異名に違わない隙のなさで仕事をする人だった。

 デザインの知識はないのだと正直に打ち明けながらも、彼女から紡がれる言葉の端々には勉強の跡が滲んでいた。

 こうして努力ができる人だからこそ、隙がないように見えるんだな。普段はあんなに隙だらけなのに。

 そう思ったら少し笑いそうになって、慌てて顔を引き締めた。
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