それが例え偽りの愛だとしても

第1章 正妻として嫁ぐ

私の住まいは、本家の別邸にあった。

母と二人、庭の見える小さな離れに静かに暮らしていた。

「沙奈、おまえは幸せな子だよ。」

母は、幼い頃から私にそう言った。

「今の明治の代、妾は影に隠れて暮らすものなのに……おまえは別邸で暮らしているのだから。」

それは慰めの言葉だったのかもしれない。

けれど、母の声はいつも優しかった。私はその言葉を素直に信じた。

週に一度だけ、父が別邸にやってくる。

縁側に座って、母と私と三人で茶を飲む時間は、不思議と穏やかだった。

「女の子でよかったのかもしれないな」

父は、そう言って私の頭を撫でた。

妾腹の私を、それでも愛そうとしてくれたのだろうか。

それとも——正妻の子と争う必要がないから、そう思っただけなのか。
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