あなたの家族になりたい

04.いらいら、そわそわ、ふわふわ

 十二月の花農家は忙しい。

 クリスマスに向けて、延々と収穫と出荷を繰り返す。

 人を追加で雇っても忙しくて、猫の手でも借りたい。

 ……今回は猫じゃなく、嫁(仮)の手を借りてお袋が切り盛りしてる。

 意外にも澪は事務面では役に立っているらしい。


「事務経理なら、お父さんと瑞希を足して十倍にしたくらい助かってるわね」


 とお袋が言ってた。

 飯も美味いし、家事の手際もいい。……難点は、褒めるとおどおどするところ。それが一番ダメだな。

 花音なら「そうでしょ。もうちょっと褒めて。ついでに明日の洗濯代わって」くらい言う。……あいつ、藤乃にもそう言ってんのかね……?


 しかし澪は困ったように笑って「これくらいしか、お役に立てませんので」と言うだけだ。

 ムカつくな!

 花音と足して二で割ったくらいの返事がいい。

 つい顔に出ちまって、怯えられて、あー、やっちまった……って思うけど、どうにもならねえ。

 そしてそれを、次のときにもやっちまう。


 いい加減嫌になって、ある夜、風呂に向かう澪を呼び止めた。


「あのさ」

「……はい」


 なんて言おう。困った。呼び止めといて、何言えばいいかわかんねえ。


「……飯、美味かった」

「……それくらいしか、」

「それ、やめろ」

「え……?」


 澪の顔が、不安そうに歪む。


「あー……謙遜かもしんねえけどさ、それって俺の感謝、否定してんだぞ」

「そんな……つもりじゃ……」


 うまく言えない。

 泣きそうな顔にイラつく。

 考えろ。俺が「飯、美味かった」って言って、こいつがどう返せばイラつかねえんだ。


「……謙遜したくなったら『ありがとう』って言って」


 澪は何も言わないで、こちらを見上げている。

 困ったような、不安そうな、怯えてるような、まあ、そういう顔だ。


「なんでもかんでも否定されるの、こっちもしんどいから。とにかく、ありがとうって言って。棒読みでいいからよ」

「……わ、わかりました……」

「さっきの澪が作った飯、美味かった」

「えっ……えっと、……ありがとうございました……?」

「うん。ムカつかない。それで」

「……わかりました」

「じゃ、おやすみ」


 ドラマを観に、リビングに戻る。

 テレビの前にいた母親が「まあ、少しはマシになったかな」と呟いた。

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