あなたの家族になりたい

06.帰宅して、家が温かいと嬉しいだろ

 正月が明けると、バレンタインに向けて花の育成と調整が始まる。

 まず温室を暖めて種をまく。畑も肥料を混ぜて土を整える。人手はいらないが、神経は使う。

 お袋と澪も年度末に向けて税理士と確定申告で忙しい……らしい。

 正直、その辺はよく分からんから澪に任せっぱなしだ。


 ある朝、家を出るときに澪に呼び止められた。


「瑞希さん。晩ごはんに食べたいものありますか?」

「晩飯? 炊き込みごはん」

「わかりました」


 最近、澪はこうやって俺に食いたいもんを聞いてくる。

 週に一、二回だけど、答えれば必ず出してくれるから、思いつけば答えるようにしてる。

 ……最初に聞かれたとき、「別に何でもいい」って答えてお袋に怒られたってのもある。

 それに、あれだ。澪が作る飯は美味いから、楽しみなんだ。

 一日寒さに震えて働いて、帰ったら美味い炊き込みごはんが待ってると思えば、ちょっと……いや、けっこう元気出るかも。


「おかずは食べたいものありますか?」


 ただ、一つ気になるのは、俺はこいつの好みを結局知らねぇってことだ。


「なんでもいいけど……じゃあ、お前が今一番得意なやつ作って」

「……私が、得意な料理ですか……?」


 澪は困った顔で首をかしげた。


「考えといて」


 畑に向かう。
 納屋に入る前に振り返ったら、澪はまだ玄関の前で悩んでいた。



 昼飯はタンメンと餃子だった。


「たまに食べたくなるのよ」

「わからんではない」


 野菜炒めがこれでもかってくらい乗ってる。

 お袋がたまに作るタンメンだ。

 藤乃も一緒に飯を食いに行くと、必ずサラダを食ってる。

 ……歳か? いや、あいつは大学生のときからそうだったな。


「うめー」

「そうでしょうそうでしょう。もっと褒めなさい」

「とってもおいしいです、お母様!」


 親父はさっさと食い終えて茶を飲み、澪は隣でちまちま食ってる。

 今更だけど、こいつ、食う量少ねぇな……。


「……澪、それだけで足んの?」

「ちょっと、多いです」

「マジかよ」

「……餃子、よければ食べてもらえると嬉しいです」

「食べる食べる」


 澪の皿から餃子をもらう。

 なんか、いつもよりうめぇな、これ。


「……瑞希、その餃子おいしい?」

「ん? うん。うめえよ。醤油いらねえな、これ」

「そっか。それ、澪ちゃんが作ったのよ」


 箸が止まる。

 お袋がニヤニヤしながらこっちを見ている。

 餃子って、自分で作れんだっけ?


「マジかよ……、すごいな……」

「そ、それほどでは……」


 澪は小さく首を横に振る。

 睨んだら口がきゅっとへの字になった。


「……ありがとう、ございます」

「めちゃくちゃ美味いなー、足りねえなー」

「よ、夜も作りましょうか……?」


 おずおずと顔を覗き込まれる。


「いや、夜は炊き込みごはんだ。あと、あれ、お前の得意料理」

「……が、頑張ります」


 餃子を平らげて、タンメンも汁まで飲み干した。

 向かいでお袋と親父がニヤニヤ見てきて、鬱陶しい。


「食い過ぎた。腹空かせてくる」


 皿を片付けて外に出た。
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