あなたの家族になりたい

07.昔の飼い主

 年度末から年始のバカみたいに忙しい時期を終えたら、もう五月も半ばだった。

 夕方、汗だくになったから早めにシャワーを浴びる。

 台所で麦茶を飲んでいたら、ダイニングからお袋と澪の声が聞こえた。


「やっと落ち着いた……」


 覗いたら、お袋がダイニングのテーブルに突っ伏して呟いている。

 澪が書類を片付けて、茶を差し出す。

「お疲れさまです」

「澪ちゃんの方が疲れてるでしょ?どこか休み取ってね」

「いえ、私は……足を引っ張ってなければよいのですが」

「何言ってるの。今年は澪ちゃんがいてくれたから、いつもよりずっとずっと楽だったの。ボーナス期待しててね!」


 ボーナス? つーか、澪って給料どうなってんだ?

 俺はお袋から月々振り込まれている。

 その中から家賃と光熱費、食費を専用の口座に入れている。

 澪もそんな感じなんかな。

 面倒だから天引きしろって言ったら、怠けるなって怒られて、仕方なく毎月やってる。

 ……澪と結婚したら、もしかしてやってくれたりしないかな。

 頼んだのがバレたら、また怒られそうだ。

 もう一個コップを出して、自分のと一緒に麦茶を入れる。

 両方ダイニングに持っていって、澪に渡す。


「あ、ありがとうございます……」

「あのさ、澪の給料ってどうなってんだ?」

「なによ、今更……瑞希とだいたい同じだけど、澪ちゃんには資格手当がついてるから、ちょっと多いわね」

「マジで……」


 お袋の説明によると、澪は経験者の中途採用という扱いになっていたらしい。

 資格も簿記とファイナンシャルプランナー、あとIT系のも持ってるらしい。

 あとは、うちじゃあんまり役立たねえけど、秘書検定とか漢検、英検なんかも持ってるのだと言う。


「お前……すごいな……?」

「そんなことは……、えっと、ありがとうございます……」

「瑞希、澪ちゃん逃さないようにね」

「どっかにやる気はねえけどさ。お前、うちの子になるんだろ?」

「……なります」

「お前って言わない!」


 お袋のお叱りを「はいはい」と聞き流す。

 なにしろ澪がいると飯がうまい。

 帰ってきて美味い飯があるとありがたいし、家事の質がやたら高い。

 あと帰ってきたときにパタパタ出てきて、「瑞希さん、おかえりなさい」と、結構な確率で出迎えてくれる。

 最初は目が合わなかったけど、最近はちゃんとこっちを見る。

 たいした距離じゃねえけど、それでも出迎えてもらえると気分がいい。

 だから、まあ、あれだ。

 うちの子になるってんなら、俺としてはやぶさかではない。

 全然、ない。
 


 それに、少し仕事が落ち着いたから、デザートビュッフェに連れて行きたい。

 そろそろ初夏のデザートフェアなんかが始まっていて、男だけだと行きづらいから、ホワイトデーのお返しがてらついてきてほしい。

 本当はホワイトデーの時期に、イチゴデザートが一番多いときに行きたかったけど、忙しすぎて無理だった。

 アイス買ってきただけであんなに喜んだんだし、デザートビュッフェも喜ぶんじゃねえかな。


「さっき、澪に休みやるって言ってただろ? そのときに俺も休んでいい? 俺、こいつにホワイトデーやってねえからさ、どっか連れてくわ」

「それ、私じゃなくて澪ちゃんに言いなさいよ」

「そらそうだ。澪、前にデザートビュッフェ行ったことないって言ってただろ? ホワイトデーのお返し、それでいい?」

「はい……!楽しみです……」


 澪はコップを両手で抱えて目を輝かせた。

 小動物みてえだから、つい頭をぐりぐり撫でちまう。


「お父さんとも相談になるけど、来週頭辺りかしらね」


 お袋が手帳をめくる。


「来週末でもいい? 金曜日の夕方から日曜日の昼まで、町内会の慰安旅行があるのよ」

「あー、なんか親父が言ってた気がする」

「金曜日の午後から行ってくるから、二人もその期間は適当に休んでちょうだい。瑞希は畑の世話は任せちゃうけど」

「いいよ。澪もそれでいい?」

「はい、大丈夫です」

「じゃ、予約しとくわ」


 スマホを取り出しつつ家を出る。来週の金曜日の、ディナータイムの早い時間にしとこうかな。

 そういや澪と二人で出かけるのは、引っ越してくる前にホームセンター行ったとき以来、半年ぶりだ。

 あのときより、澪は笑うことが増えた気がする。

 喜んでくれりゃあいいんだけど。

 畑に行って親父を探す。
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