メシマズな彼女はイケメンシェフに溺愛される
2 メシマズ女と元カレ
今日も秋晴れだ。
掃除を終えた陽音は爽快な空を見上げる。
料理をあきらめてからは心の隅に黒いもやがわだかまり、思いがけないタイミングで淳太の声で罵声を浴びせ、幸せな気持ちをぶち壊してきた。
が、今はその影が見当たらない。やっと前に踏み出せた気がする。
最近の仕込みでは陽音が野菜の皮をむくなどして手伝っていた。乃蒼の笑顔に恐怖より喜びが勝り、作業ができる。乃蒼は手際がいいとほめてくれた。今までの努力が、少しでも報われた気がした。
金曜日。忙しく動きまわったが八時をすぎると店は落ち着き、修造と絢子もやってきた。
八時半になると、ひとりの男がドアを開けて入って来た。
背は高くないが横幅のせいで存在感がある。ジャケットもデニムもぱつぱつで、顔は脂ぎっていた。
「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」
声をかけると、男は驚いたように目を見開いた。が、なにを言うこともなくテーブル席に座る。
オーダーはシュリンプオムライスのセットだった。
スープとサラダを出してから看板を片付け、ドアの表示を『fermé(閉店)』に変えて戻る。残っている客は、修造と絢子、新たな男の三人だけだ。
オムライスが出来上がるとほかほかのうちに彼に出した。
エビピラフに半熟の卵を載せてオマールエビのクリームソースをかけてある。そのうえに角切りのアボカドと茹でたエビを交互に載せて、最後にみじん切りのパセリで飾られていた。
男が目を輝かせて食べるのを見て、誇らしい気持ちになる。夫が作る料理が人を幸せにしているのだから。
平らげたあとは皿を下げ、セットのコーヒーを出す。
「お待たせしました、どうぞ」
声をかけたときだった。